幕間・意外な二人
年明け初めての投稿ですー。
アクセス数がすごく増えてて嬉しくも怖いです。
※2014 11/10 題名変更
「さて、と」
未央はそう言って立ち上がり、ちら、と汐那に視線を向ける。
向けられた視線を見返しながら、汐那は口を開いた。
「戻るの?」
「うん。蜜都さんは……無理そうだね」
「だね」
汐那は視線を未央から下に向ける。未央も同じように下に見た。
視線の先では、涼護がそれは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「一度起こす? 授業出れないでしょ?」
「いいよ。枕になってるから」
「そっか」
涼護の髪を撫でつつ言った汐那の言葉に、未央は苦笑しつつもそう返した。
未央としては、本音を言えば涼護を連れて教室に戻りたい。けれど、仕事の疲れがあるのなら、無理に連れていくのもあまり気が進まない。
まだ二年生は始まったばかりだし、少しくらいは大目に見ることにする。
「じゃあ、私、教室戻るね」
「うん。じゃあ私も、頃合い見て戻るよ」
「そっか」
汐那の言葉に、未央は歩きながらそう返事をした。
そして、未央が屋上の扉を開けるのとほぼ同時に、学園のチャイムが鳴り響く。
その音を聞いて、未央は駆け足になって階段を駆け降りた。
○
屋上の階段から、二階まで駆け降り、二階校舎の廊下を早足で歩く。
HRが終わり、HRと一時間目の授業の合間の休み時間を使って、屋上まで二人の様子を見に行ったのまでは良かったが、話しこんでしまって、遅刻しそうになってしまっていた。
2組の教室の扉の前に着いた未央は、その場で少し息を整えてから、扉を開いた。
教室の中を見渡すと、まだ教師らしき人の姿は見えなかった。どうやら、間に合ったらしい。
未央はほっ、と息を吐くと、教室の中に入る。後ろ手に扉を閉める。
教室を歩き、自分の席に着くと、椅子に座る。
机の中から授業に必要な教科書を取り出していると、未央の耳に、慣れ親しんだ声が響いた。
「笹月」
「枝崎君」
未央が顔を上げると、そこには深理がいた。
深理は、かけている眼鏡を指で押し上げつつ、口を開いた。
「涼護と蜜都はどうしたんだ?」
「涼護はさぼり。蜜都さんは……蜜都さんも、さぼりかな?」
「……転校してきて早々さぼりか……いい性格してるな」
「あはは……」
そう言って、深理は苦笑する。つられて未央も苦笑した。
が、深理はすぐに苦笑を引っ込めて、未央に顔を寄せる。
そして、未央の耳元で、周囲に聞こえないような小声で話し始めた。
「涼護は、また仕事か?」
「たぶん。色々事情があるだろうし、深くは訊かなかったけど」
「まあ、本当にやばかったら涼護も声をかけてくれるだろうけど……あいつ、無茶を無茶と思ってないところがあるからな」
「そうだね」
深理の言葉に同意する。
一昨日の強盗事件の時がいい例だ。無茶をするのだ、乙梨涼護という男は。
未央もそれなりに長い付き合いなので、涼護のそういうところはよく知っているが、けれど、だからといって、心配しなくなるということではない。信頼はしているが、それとこれとは別だ。
「ただ、解決はしてると思うよ?」
「そんなことはわかってる。もし解決していないのなら、涼護が大人しく学園に来ているわけがない」
「……確かにね」
学園にも行かず、汐那の事情を解決するために涼護が走り回っている光景が、とても鮮明に浮かぶ。
あまりにもありありと浮かび過ぎて、くすりとした笑みが漏れた。
「去年、ひったくり犯追いかけるのに必死になって、テストの日に遅刻してたものね」
「遅刻というか、もう一個終わってたよ。先生に泣きついてたし」
「そうだったね」
などと思い出話に花が咲きかけた時、教室の扉が、がら、と開いた。
そちらに視線を向けると、一時間目担当の教師が入ってきていた。
「っと、俺は戻るよ」
「うん」
深理が自分の席に戻るのを見送りながら、未央は前に向き直り、取り出していた教科書を開いた。
教壇では、教師が授業のことを話しているが、未央が考えているのは、授業のことじゃない。
今未央が考えているのは、涼護と汐那のことだ。
(……なんというか)
涼護と汐那という二人の組み合わせは、未央にとっては意外な組み合わせだった。
涼護は、あの不良顔のせいか、そんなに友達が多いほうじゃない。当の本人は「風評やら見た目で人を判断するような奴らと関わってもメリットはない」なんて言って、気にはしていないようだけど。
涼護の内面は、基本的に善人だ。ただ、見た目のせいで割を食っている。
そして、汐那。彼女のことはまだよくわかっていないが、善人だとは思う。
こっちが勝手に開催した歓迎会も、楽しんでくれていたように見えた。
何か事情を抱えていたようだったけど、涼護が関わっている以上、もう解決しているはずだ。
そして、解決するために涼護が奔走している姿を見て、涼護の内面もいくらか理解したと思う。
……しかし、それにしたって仲良くなりすぎているような気がしないでもない。膝枕って。
そもそも、涼護は、人と接するのを面倒だと思っている節がある。
必要があるなら接するけれど、そうでないなら関わろうとしない。
そんな涼護が、汐那の膝枕で寝ている。
涼護のことをそれなりに知っている未央からすると、かなり意外な光景だった。屋上のあれは。
(……まあでも、仲良くなってるならいいかな)
涼護のことを、見た目や風評に流されずに評価してくれる人間が増えるのは、未央にとっても喜ばしい。彼の良さを知っているからこそ、そう思う。
そして汐那に関しても。彼女は転校してきたばかりだけど、仲良くなりたいと思う。
あの光景が、涼護と汐那、お互いにとって、いいものであることを、強く願う。
自然と、未央は微笑をこぼした。
「笹月、この問題解いてみろ」
「え、あ、はい!」
考えごとをしている最中に教師に当てられ、未央は面食らいながらも立ち上がった。