「任されました」
「涼護?」
彼の名前を呼ぶ声がして、汐那は顔を上げた。
屋上の扉が開いているのと、艶やかな黒髪をした少女が屋上に入ってきたのがわかった。
「笹月さん」
「あ、蜜都さん。……って、涼護寝てる?」
こちらに向かってくる未央に、汐那はそっと、唇に人差し指を添えた。
それを見て、未央も口を噤む。
「なるべく静かに。寝たばっかりだから。起こしちゃまずいわ」
「いや、涼護さぼり魔だから、起こして授業に連れて行きたいんだけどね?」
などと言いつつ、未央は涼護の寝顔を、優しげな眼差しで見ている。
「……ぐっすり眠ってる。相当寝心地がいいみたいね、蜜都さんの膝枕」
「あはは、みたいだね」
微笑みながら、汐那はそう同意した。
眠っている涼護を見つつ、未央は、はあ、と息を一つ吐き、仕方ないなぁ、という顔をする。
「……まあ、今日は見逃そうかな。これだけ気持ち良さそうに寝てるのを起こすのもね」
「そう?」
未央のその言葉は、少し意外だった。
さっきの口ぶりから、起こすんじゃないかと思ったし。
「いいの?」
「涼護のことだから、また仕事で無茶したんだと思うし。本人が言うには「無茶じゃない」らしいけどね」
「あ、あー……」
昨日の大立ち回りを思い出し、確かにあれは普通に無茶だなと、汐那も思う。
というか、またと言ったということは、よくあることなんだろうか。
「……っていうか、訊かないんだね」
「何を?」
「いや、昨日何があったのか、って。訊かないとは言ったけど、気にならないの?」
「ああ」
汐那のその言葉に合点がいったらしく、未央は汐那が座っているベンチとは違うベンチに座って、口を開いた。
「気にはなるけど、涼護が関わってるのなら、きっともう解決してるんでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
「なら、それでいいと思う。終わったことを無理に訊いたりしないよ」
未央は自分の髪を手で梳きながら、瞳を閉じて言葉を続ける。
「涼護のことは、信頼してる。だから、私は何も言わないわ」
「……隠してるかもしれないのに?」
「目に見えてそれがわかる時は、流石に口を挟むけれど。でも、そうじゃないのなら、私は何もしない。涼護だって、そうするだろうしね」
「……そっか」
その言葉だけで、未央がどれだけ涼護を信頼しているのかがわかった。
きっと、涼護も同じように、未央を信頼している。
なら、これ以上、汐那が言うことは何もない。
「すごいね、そこまで信頼できるなんて」
「涼護、人相は悪いけど、でも理由なく人を傷つけるような人間じゃないからね」
「そうだね」
涼護の髪を撫でる。
手入れされている汐那の髪とは違って、男の子らしく、硬い髪質だった。
「でも、本当、すぐに無茶するから……だからね、蜜都さん」
「うん?」
「涼護のこと、見ててあげて。私じゃ見えないところも、蜜都さんなら見えるかもしれないから」
未央のその言葉に、汐那はくす、と微笑を浮かべた。
涼護のことがとても大切だということが、優しいその声でよくわかった。
だから、汐那も同じように、優しい声で言う。
「うん。任されました」
にこ、と笑うその笑顔は、猫を被っていない、汐那本人の笑顔だった。
それを見て、未央もお願いします、と笑顔を返した。
「でも、そんなに大切なんだ……ひょっとして、付き合ってるとか?」
「……よく言われるけど、付き合ってないよ。というか、そんな甘い関係に見えるの?」
「少し、そう見えるかも」
「やめてよ、蜜都さんまで」
未央の言葉に、汐那は内からこみ上げてくる笑いを我慢することなく笑った。
年内はこれで最後かな。
来年は勢いだけで執筆するのを控えたいです。