おやすみ
更新遅れてすみません……お気に入り登録してくださっている方もいるのに。
「……何の話してるんだ?」
突然聞こえてきた声に、汐那はそちらを見る。
声の主は涼護だった。鞄を肩に担ぎ、ふあと欠伸を噛み殺していた。
「涼護」
「おう」
涼護の姿に気付いた未央がその名前を呼ぶ。
ひょいっと手を上げて涼護はそれに応えた。
「おはよう」
「おう、おはよう。……蜜都、ちょっといいか?」
未央に挨拶を返しながら、汐那にそう尋ねる涼護。
汐那は首をひねりながら、けれど素直に立ち上がる。
「何?」
「話がある。ちょっとここじゃ話しづらいから、屋上来い」
自身の机に鞄を置きながら、涼護が人さし指でちょいちょいと汐那を呼ぶ。
その言葉を聞いた汐那の脳裏に浮かんだことは、昨日のことだった。
確かにあのことについて話すのなら、教室は都合が悪い。
「わかった」
「HRに食い込むかもしんねェけど……いいか?」
「いいよ。……ごめん、笹月さん。私たち登校してきてるってことだけ、先生に伝えておいてくれる?」
「うん、わかった」
でもと未央の視線が、汐那から涼護に向いていく。
じとー……とした視線で涼護をまっすぐ見つめている。
「いったい何の話? 告白?」
「するかバカ。『Solve』に関係してる話だから、ちょっと場所移すってだけだ」
「あ、そうなの?」
そのことは言ってもいいのかな、と汐那は一瞬考えたはしたが、未央の方はその一言で納得したようでそれ以上は何も言わなかった。
「んじゃ、行くぞ」
「あ、うん」
教室から出て行く涼護の後を追って、汐那も教室を出る。
出る前に汐那が教室を振りかえると、未央がひらひらとこちらに手を振って送りだしているのが見えた。
○
屋上の扉が開く。
赤い髪と蒼い髪という対称的な色の男女が屋上へと足を踏み入れる。
「よし、人いないな」
「まあ、鍵閉まってたしね」
屋上全体を見渡した涼護がそう言い、汐那が同意する。
涼護は目についたベンチ近くの柵にもたれ、汐那はベンチに座る。
「で、何から説明するかだけど……まァ、最初にあの男からか」
その言葉を聞いた汐那の頭に浮かんだのは、昨日の「気持ち悪い」としか表現できない男のことだった。
「……あいつが何?」
「名前は関谷太郎。年齢は32。一応、フリーターではあるけど、仕事はほとんどしてなかったみたいだな」
「それで?」
「蜜都汐那の熱狂的なファンで、その情熱が歪んでストーカーやらかした。拉致なんてことをやったのは、まあ色々焦れたんだろうなァ。手下のチンピラ共はなけなしの金使って雇ったらしい」
懐から取り出した手帳を読み上げていく涼護を、何とも言えない目で汐那は見ていた。その視線に気づき、涼護は一つ息を吐くと手帳を閉じた。
「まあ結論だけ言うと、もう二度とお前の前には現れねェ。そこは安心しろ」
「……ん」
内心、少し安心した。
できればもう二度とあんな人種には関わりたくない、というのが汐那の本音だ。
「警察にでも突き出したの?」
「公にしたくないから『Solve』に依頼したのに、そんなことしたら面倒なことになるだろ」
「じゃあどうしたの?」
「蛇の道は蛇。これで納得しとけ」
涼護はそう言って口を閉じた。もうこれ以上何も言うつもりはないらしい。
汐那としても、この話を続けたいわけじゃないし頷いた。他にも訊きたいことはある。
「じゃあ、質問」
「ん?」
「『Solve』って何?」
「何って……」
汐那の問いに、答えに困った涼護は頬を掻いた。
そして少し唸った後、口を開く。
「何でも屋。で、俺はそこの唯一の従業員。昨日言ったろ?」
「それだけで納得できると思う?」
「……そりゃそうだが。けど、他に言いようもないんだよなァ……」
がりがりと頭を掻きながら、涼護は空を見上げた。
汐那もつられて空を見上げる。
「あと、昨日の女性は?」
「詩堂詩歩。俺の師匠で上司。で『Solve』のオーナー」
涼護は簡潔にそう紹介した。どういうわけか、顔は不服そうだった。
あまり話したくない話題なのかなと思い、汐那は話題を変える。
「どうして、貴方たちに依頼が?」
「お前が陽羽に引っ越してきた理由はあの男だろ。そして、蜜都の母親がうちに撃退の依頼をしてきた。どうも詩歩さんと知り合いだったらしいし」
「…………お母さんが……」
「公にしたくないって気持ちもわかるしな。警察とかが駄目なら、俺らみたいな人間じゃないと駄目だ。それがわかってたから、母親も依頼したんだろ」
涼護の言葉にとりあえずは納得できた。汐那自身にも、今が一番売れ時だというのはわかる。
そんな時期にストーカー被害にあっているなんてニュースはマイナスイメージしか生まないだろう。
「他に訊きたいことあるなら訊けよ。答えられる範囲なら答えるから」
「ううん。とりあえず、それだけ聞ければ充分かな」
汐那はそう言うと、座っていたベンチから立ち上がりぐ、と軽く背伸びをした。
そんな汐那に視線をやりつつ、涼護はくあァと欠伸を噛み殺した。
「教室、戻るのか?」
「うん。そのつもりだけど……乙梨君は?」
「さぼって寝る。後処理とかで寝不足だしな」
「ふーん……」
その言葉を聞いた汐那は、なぜかベンチに座り直した。
行動の意味がわからず、涼護は首をひねる。
「じゃあ私もさぼろうかなー」
「……いや、じゃあに繋がってないだろ」
呆れ気味に苦笑しながら涼護はそう言うが、その目に咎めるような色はない。
それがわかって、汐那もくすっと笑う。
「駄目なの?」
「俺は何か言える立場じゃないしなァ。さぼりたかったらさぼれば?」
けど、と涼護は言葉を続ける。
くくく、と隠すこともなく喉で笑っている。
「いいのかよ、有名モデルがそんなんで」
「別に私、優等生なつもりないもの」
さらりとそう言って、汐那はにやりと挑戦的な笑みを浮かべて涼護を見た。
意地の悪そうな口調で言う。
「膝枕でもしてあげようか?」
「本気にするぞ?」
「どうぞ、お好きに?」
汐那のにこにこ笑いながらの言葉に、涼護は噴き出した。
柵から身体を離すと、汐那のふとももを枕にしてベンチに寝ころぶ。
「じゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
瞳を閉じた涼護の赤い髪を撫で、汐那はくすくすと笑った。
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