興味
涼護が「蜜都汐那」のことを聞いて、最初に思ったのは、「結構美人だな」程度だった。
基本的に、美人だからなんて理由だけでファンになったりしないし、興味も持たない。
そりゃあ確かによく見るドラマで、メインヒロインを演じたりしたのなら、内容次第では涼護だって興味も持つし、ひょっとしたらファンにもなったかもしれない。
けれど、未央の言葉通りなら、そこまでの物じゃないのもわかっていた。
将来的にはどうなるかはわからないが、少なくとも、その時点では興味も持たなかった。
とにかく、涼護にとって「蜜都汐那」とは、「美人だな」と思う程度の存在だった。
転校してくる前日、汐那を助けた時に涼護がデジャヴを感じたのは、単純にその前の日に未央に教えられたから、というだけで、ギリギリ覚えていた。
そして、転校初日、出会って驚いたのは、昨日助けた女性が転校してきたからというだけで、深理の言うとおり多少見惚れていたのかもしれないが、それが全てではなかった。
こんな偶然もあるんだな、と思っただけで、それだけだったから、これから先大きく関わることもないと思っていた。
涼護がそんな蜜都汐那に興味を持ったのは、未央が相変わらずのお節介を焼きだした時だ。
未央がお節介を発揮しだすとなると、汐那を無視するわけにもいかなくなった。
だから一緒に昼飯を食ったり、話したりした。けれど、一緒に昼飯を食べた時、一瞬、ほんの一瞬だけ、蜜都は憂いに染まった顔をした。
それが、どうしても気になって、忘れられなかった。
その時だ。涼護が蜜都汐那に、ほんの少しだけ興味をもったのは。
次に興味を持ったのは、歓迎会。
未央が汐那の歓迎会をやると知った時は、はあ、と溜息をついた。
涼護としては乗り気ではなかったが、未央に釘を刺されると、流石に無視するわけにもいかなかった。
『依頼』が入って、少し遅れはしたが、参加はした。
そして歓迎会が始まって、未央は汐那を引っ張って。
汐那は、楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。
その笑顔を見て、こんな顔もできるんだな、と思った。
また、蜜都汐那に興味をもった。
○
「……っ、はあ」
自転車を全力でこぎながら、涼護は思う。
どうして、だろう。
『依頼』があったとはいえ、どうして、俺はこんなに必死になってるんだろう。
いつもの病気、性分だといえばそれまでだ。
実際、いつもそうやって、誰かを助けてきた。
だけど、今回のことは、いつもの病気だと、断言したくなかった。
どうしてかは、わからないけど。
「……っ、蜜都……!」
彼女に会えば、そう思う理由がわかるんだろうか。
○
はっきり言って、汐那にとっては気まぐれだった。
チンピラに絡まれたのを助けてもらって、その上、道まで教えてもらった。
だからお礼をしよう、とは思った。
なのに、どうして。頬にとはいえ、キスをするなんて大サービスをしたんだろうか。
ただの気まぐれかもしれない。
汐那は元々、気分屋なところがある。雑誌のインタビューでは「小悪魔的」みたいに書かれていたが。
けど、だからって、ついさっき会ったばかりの、それも人相の悪い顔をした男相手にキスをした。
……どうして。
転校初日に驚いたのは、助けてくれた相手も、この学園の生徒だったことだ。それも同じ年、同じクラス。すごい偶然もあるんだな、と思った。
涼護に声をかけたのは、愛想を振る舞っておけば、何かの役に立つかもしれない、という打算からだった。涼護の言葉を信じるなら、陽羽市でもそれなりに顔は広いようだったし、仲良くしておけば、役に立つだろうからと思った。
けど、乙梨涼護は、汐那の思い通りにはならなかった。
態度や、目を見ればわかる。乙梨涼護という人間は、蜜都汐那に興味を持っていなかった。
モデルをやっているから、容姿には自信があったのにまるで興味無しだった。
今までに会ったことのない人間だったから、少し興味をもった。
その日の帰り道。
強盗事件に出くわした時、涼護が取った行動は、汐那の中の常識ではありえないものだった。
危険なところに、自ら飛び込んでいった。
あの動きから見ると、自信はあったのかもしれない。けれど、それにしたって、あんな危険な状況の中に飛び込むなどと。
まず考えられないことだった。
自分では絶対やらないという意味でもそうだし、そんなことをする人間がいるわけがないと思っていた意味でもそうだった。
理解不能の生物。バカ。
汐那は自分の中で、涼護のことをそう位置づけた。
また少し、興味を持った。
○
パシャパシャと、シャッターを切る音がする。
こちらを見る、ねっとりとした、絡みつくような視線。
両方が気持ち悪くて仕方ない。
「……あんた、こんなことして、ただで済むと思ってんの?」
汐那が、お前なんて怖くない、という顔をする。
学園で見せるような、あんな人懐っこそうな顔ではない。そんな顔を見せる必要がない。
この男は、敵だ。
「そういう気の強いところも好きだよぉ」
ああ、本当に気持ち悪い。
もうそれ以外の感想が出てこなかった。
この状況は、かなりまずい。何せ、汐那は何も抵抗できない。
けど、この男の被害にあっていたことは、母親も、伯母も知っている。
連絡が途中で切れて、しかもその後、本人には繋がらないなんてことになったら、おそらく警察に通報するだろう。
だから、大丈夫だ。
この男は捕まる。自分は助かる。
それに――――
「どうかしたの、汐那ちゃん」
確証はない。けれど確信が、汐那の中にはあった。
助けに来てくれるような気がしていた。
彼が――――あの理解不能なバカな男が。
あの夜、助けてくれたように。
今度も、彼が助けに来てくれるような気がしていた。
――――ガン!!
派手な音がして、大扉が開いた。