気持ち悪い
ちょっと不快な描写あるので、気をつけてください。
『桜』で開いた汐那の歓迎パーティーも終わり、そのパーティーの片づけも手伝った涼護は、必然的に帰るのが他の参加者より遅くなり、今ようやく家に着いたところだった。
さて、今日はさっさと寝てしまおうと思いながら、部屋のドアを開けようと鍵を取り出したところで、携帯が鳴り始めた。
「はい、もしもし?」
『あ、涼護?』
電話の相手は、自分の上司からだった。
こんな時間に何の用だ……、と思いながら、次の言葉を待つ。
『落ち着いて聞いてね』
「はい?」
『“依頼主”から連絡があったわ。……蜜都汐那、まだ帰ってないそうよ』
その言葉に、思わず鍵を落としてしまった。
茫然として、けれどすぐに気を取り直して、電話越しに叫ぶ。
「もう、俺も家に着いてます。蜜都、俺より先に帰ったんですよ!?」
『最後の連絡だと、あと10分もしないうちに帰れるって言ってたそうよ。それが急に途切れて、その後は繋がらなくなったって』
「んな……!」
『それが、もう20分前よ』
「……ちっ!」
ぐ、と拳を握りしめる。
『依頼』はあったのに、危険だとわかっていたのに、どうして油断したんだ、俺は。
『大丈夫よ、もう場所はわかってる。私は後処理の用意しとくから、涼護は先に行きなさい』
「……どこですか」
『廃工場よ。街の端っこ』
涼護は踵を返して、アパートの階段を駆け降りる。
鍵を取り忘れてるとか、そんなことはどうでもいい。
自転車を使えば、涼護のアパートから廃工場までは、20分もあれば着く。
このアパートは、街の中心からは外れたところにある。その分、廃工場には近い。
「……蜜都!」
涼護は、まだ会って二日しか経っていない程度の付き合いの彼女の名前を、必死に叫んだ。
○
「……ん」
意識が浮上する。
汐那の意識が戻るのと同時に、両腕が、縄か何かで、頭上で縛られているのがわかった。
動かないか試したが、腕は頭上で縛られている上に、どこかに括り付けれているらしく、ほとんど動かなかった。
脚のほうは、いっそ見事なまでに御開帳していたが、腕と違って縛られてはいなかったので、すぐさま閉じた。
背中には、冷たい感覚。おそらくは金属。そして座り込んでいる床の冷たさから、これもアスファルトか何かだろうと当たりをつける。
ポケットに入れていた携帯の感触がなかった。おそらく、ここに連れてこられる時に落としたのだろう。鞄も見当たらないし、一緒に落としたんだろう。
辺りを見渡すと、ここが、道路でも、学校でも、ましてや家でもないことがわかった。
ずいぶんと広い場所ではあるが、同時に荒れてもいる。少なくとも、人が好き好んで出入りするようなところとは思えなかった。
そんな場所に、男が十数人いる。
その中の一人が、目を覚ましたこちらに気がついて、声をかけてきた。
「……やあ」
ねっとりとまとわりつくような、不愉快な声だった。
男の顔に、汐那は見覚えがあった。
「君のファン」だとかほざいていた、そして、汐那が陽羽市に引っ越す原因になった男だ。
「急にいなくなっちゃうんだもん、でもね、どこに行っても追いかけるよ」
ふざけるな。それしか出てこなかった。
元々住んでいた街を離れるのに、別段汐那は未練を感じていなかった。
友達も誰もいない、ただ住んでいるだけの街に愛着などありはしない。
だから、離れること自体は構わなかった。――――この男から離れられるなら。
逃げる、なんて言葉はたとえ心の中だとしても使わない、絶対に。こんな男に負けたなどと思いたくない。
「いいね、その顔。物にしたくなるなぁ」
気持ち悪い。
声も、こちらを見る視線も、何もかもが、気持ち悪くて仕方ない。
汐那は思わず苦悶の表情に浮かべて、男から目を逸らした。
「ああ……いいなぁ」
見るな喋るな息もするな。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
吐き気がした。
「ああ、動かないでね。その顔、すごくいい」
パシャパシャと、シャッターを切る音がする。
薄目を開けて見ると、男はデジカメでこっちを撮っていた。
気持ち悪かった。
シャッターの音が、妙に広い空間に響いていた。
汐那が気持ち悪いって言ってましたが、書いてる自分も気持ち悪かったです。