歓迎会
「あ」
「あ?」
未央の案内もあり、汐那は『桜』に辿りついた。
昨日歩いた商店街から本当に近くて、これなら案内は必要なかったかも、なんて思っていると、店前に見知った顔があった。
「涼護」
汐那より先に、未央が彼の名前を呼んで、駆け寄った。
「来れたのね」
「来れないとは言ってないだろ」
「それもそうだね」
話しこんでいる二人から、ふと目を離して『桜』を見る。
なるほど、確かに綺麗で雰囲気のある店構えだ。結構好み。
と、見ている中で気付いた。
「……って、あれ? 今日貸し切りになってるけど」
店先の看板に「本日貸し切り」という文字が書かれている。
汐那の言葉を聞いた未央は、その場でひらひらと手を振った。
「ああ、いいのいいの。……あ、でもちょっと待って」
そう言って未央は、『桜』の扉を少しだけ開けて、店内を覗きこんだ。
「……うん、大丈夫」
そう頷いた。
扉を閉め直して、汐那に向き直る。
「じゃあ蜜都さん、入って」
「え、うん……」
そう言われて、素直に扉を開けた。
そして。
「「「陽羽へいらっしゃい、蜜都汐那さん!」」」
店に入った汐那を迎えたのは、いくつもの声だった。
その言葉の内容を、一瞬遅れて理解する。
理解はしたが、それでも、呆気にとられていた。
「……蜜都さん?」
遅れて入ってきた未央が、汐那に声をかける。
その声で、汐那は戻ってきた。
「笹月さん、これ……」
「えっとね、蜜都さんの歓迎会」
入り口から見える店の一番奥に、横断幕がかけられていた。
そこには、「歓迎パーティー」と書かれている。
「……あの、どうして……」
「どうして歓迎会なんてすることにしたってこと?」
こく、とその言葉に頷く。
本当に、どうしてこんなことを企画したのか、わからなかった。
「……あのね、私、蜜都さんとは仲良くなりたいの」
未央は、恥ずかしそうにそう言う。
「折角転校してきたし、同じクラスだから……私の、勝手な都合だけど」
未央はそう言いながら、店の中を見渡した。
パーティーのための飾り付けがされてあった。
「それと、少しでも蜜都さんが馴染めるように……って思ったら、こういうパーティーが一番かなって」
そう言うと、未央は少し不安そうな顔をして、汐那の顔を見据えた。
「……あの、迷惑だった?」
「……ううん。嬉しいよ」
お人好し。ものすごい、お人好しだ。
会って間もない人間のために、こんなパーティーを開くなんて。
今まで、汐那の周りにはいなかった種類の人間だ。
今までは、ずっと、男子には薄汚い視線、下心。女子には、嫉妬とか妬みとか、そういう汚い感情しか向けられて来なかった。
「ありがとうね、笹月さん」
「お礼なんていいよ。蜜都さんと仲良くしたいっていう、私のわがままなんだから」
ほら。
こんな風に言ってくれる人なんて、今までいなかった。
その目には、純粋な好意しかない。
「ほら、いいから、行こう?」
そう言って、手を引いてくれる。
……ああ、本当に。
「ありがとう」
貴女に、心からの感謝を。
○
歓迎会には、基本的に2組のメンバーが呼ばれているようだった。
流石に、クラス全員というわけにはいかなかったようだけど、それでも結構な大人数だ。
「さあ、たくさん食べてね」
そう言って、料理が運ばれてくる。
ここからでも、美味しそうな匂いがした。
「おー、未花さんの料理!」
「というか、タダで本当にいいんですか?」
他の生徒が各々料理を楽しんでいる中、深理がそう訊いた。
「いいのよ、パーティーなんだし」
「ごめんね、お母さん」
未央がそう未花に詫びた。
そんな未央の頭を、未花は優しく撫でる。
「気にしないの。ほら、食べなさい」
「……うん」
「蜜都さんもね。遠慮しなくていいから」
「あ、はい」
言われて、サンドイッチに手を伸ばす。
一口食べる。
「あ……美味しい」
たまごサンドだった。
ちゃんと下味がついていて、コンビニとかで売っているサンドイッチとは比べ物にならない。
「美味いだろ?」
そう声をかけてきたのは涼護だ。
手には、飲み物が入ったグラスが二つ。
「ほい、未央。蜜都も」
「ありがと、涼護」
「ありがとう」
お礼を言って受け取る。
「未央はオレンジジュースで良かったよな? 蜜都はわかんないから、未央と同じのにしたけど」
「大丈夫、別にアレルギーとか、好き嫌いとかないから」
そう言って、ジュースを飲んで、またサンドイッチを食べる。
うん、美味しい。
「……あ、そうだ。蜜都」
「うん、何?」
呼ばれてそっちを見ると、涼護は手にグラスを持って、こちらに突き出していた。
思わず首を傾げると、涼護はぷらぷらとグラスを振って、言った。
「乾杯だ、乾杯」
「……ああ」
汐那も、グラスを手に持った。
そして、自分のグラスと涼護のグラスを合わせる。
カキン、とガラス特有の音がした。
「改めて、よろしくな」
「うん、こちらこそ」
笑顔でそう返して、グラスに口をつけた。
そうしていると、未央にちょんちょん、と二の腕を突かれる。
「私も、いい?」
「ああ、うん」
意図を読み取って、また乾杯する。
「よろしくね」
「うん」
そう言って笑っていると、後ろから声をかけられた。
「俺もいいか?」
「あ、俺も俺も」
「私も」
こちらに気付いた生徒たちが、グラスを手に持って、口々にそう言い始めた。
それら全部に対する返答として、汐那はにっこりと笑って言う。
「うん、喜んで」
カキン、とまた音がした。
○
外も暗くなって、もう遅い時間になってから、歓迎会はお開きになった。
汐那は今、帰路についている。あと10分もしないうちに、家に帰れるだろう。
あの後、19時頃になって、夏木が汗まみれになって、『桜』に飛び込んで来たり、何故か男同士で大食い大会が始まったり。
料理が少なくなってきて、急遽、未央や深理がキッチンにヘルプに入ったりした。
どんちゃん騒いで、皆楽しそうだった。
汐那も、流石にどんちゃん騒ぎの中に入ろうとは思わなかったが、パーティーを楽しんだ。
……行って、良かったな。
最初は、面倒だとか思っていたが、終わってみると、行って良かったと、心から思う。
(……本当に……)
楽しかった、と思う。久しぶりに。
「……あ、家に連絡しておかないと……」
唐突に気付いた。
よく考えると、家に連絡を入れるのを忘れていた。
一応、朝に未央に誘われてから、遅くなると連絡はしておいたが、流石にこんな時間になるとは思わなかった。
ポケットから携帯を取り出す。画面を見ると、もう24時近かった。
あー、流石に怒られるかな、と思いながら、画面を操作して、家の番号を呼びだした。
数コールの後、繋がる。
「……あ、おばさんですか?」
『汐那ちゃん? もう、こんな時間まで何してたの? 今どこ?』
「ごめんなさい。……あの、と、」
友達が、と言いかけて、未央と自分は、友達なのか、と疑問が浮かぶ。
もう友達だろう、と第三者は言うのかもしれないが、汐那は、そう素直に友達だと認めることができなかった。
どうしても、友達だと、思うことができなかった。
これは、未央に問題があるのではなくて、汐那自身の問題だった。
『汐那ちゃん?』
「あ、いえ、その……クラスメイトが、歓迎会を開いてくれて」
結局、友達だとは言えずに、無難な言葉になってしまった。
馬鹿、と自分に毒づく。
『そうなの? 良かったわねー』
「はい。それで、もう終わって、今帰ってるところです」
『そう。あとどれくらい?』
「そうですね、後10分くらい――――」
「汐那ちゃん」
です、と言おうとした時、後ろから名前を呼ばれた。
思わず振り返って、――――首に衝撃が走った。
足が崩れて、意識が薄れていく。
『汐那ちゃん?』
意識を失う直前、携帯が手から滑り落ちていく感触と、自分を心配する声が、聞こえた。
それを最後に、汐那の意識は暗くなった。