告白ラッシュ
放課後になった。
涼護が帰った後も、授業はつつがなく行われた。
そして帰りのホームルームに来た斑目も、涼護がいないことを知っても、「またか」と言っただけだった。
どうやら、涼護のこういった行動は、生徒間だけでなく、教師陣にも周知の事実らしい。
「まあ、いいけどね……」
自分の一つ後ろ、誰も座っていない席を見て、誰にも聞こえないくらいの大きさで、そう呟いた。
汐那は、教科書を鞄に入れて、席を立った。
「笹月さん」
「あ、蜜都さん」
未央に声をかける。
どうせ、これから向かう場所は同じだし。
「じゃ、行こっか」
「ええ。……でも、本当、何?」
「こういうのは、内緒のほうがいいと思うから」
ふふ、と笑っている未央は、答えてくれなさそうだった。
まあ、こちらに害があるようなことをするとも思えないからいいが。会ってまだ一日しか経っていないが、しかし、逆に言えば、未央はまだその程度しか接していない人間に、妙なことをするような人間だとは思えない。
モデルなんて仕事をしていると、人と接する機会はそれなりに多い。その中には、こちらを利用しようとか、そういう薄汚い思惑を持って接する人間もいる。モデルとして生きていくには、目の前の人間が、そんな連中か、そうでないかを見極める目を持つ必要があった。
そして、今まで生きてきて、培われたその目には、絶対の自信がある。
そんな目を持っている汐那から見て、笹月未央という人間は、無意味に人を害する人間には見えなかった。
「蜜都さん? どうかした?」
「え、ううん。何も」
少し、考え込んでしまったようだ。
笑顔を張り付けて、何でもないように振る舞う。
未央は、納得したらしく、それ以上は何も言わなかった。
「じゃ、行……」
「蜜都汐那さん」
教室から出た未央が、汐那に声をかけようとした時、それを遮るようにして、別の声が割り込んだ。
名前を呼ばれて、汐那が声をしたほうに顔を向けると、一人の男子生徒がいた。
身長も高く、顔もそれなりに美形なほうだ。
「……何か?」
そう訊くと、その男子生徒は意を決したように、汐那を見た。
「お話があります。できれば、ついてきてくれませんか」
そこまで言われて、ああ、と何の用かわかった。
ちら、と未央を見る。
「……ごめんなさい、笹月さん。ちょっと遅れるから」
「あー……、じゃあ待ってる」
未央もなんとなく、男子生徒の用件に予想はついたらしく、苦笑しながらそう言った。
「え、でも……」
「一通りの道は教えたけど、もし迷ったりしたら大変だしね」
昨日、話の流れで簡単に『桜』への道は教えてもらった。
あの商店街からさほど離れていないようだし、別に方向音痴でもないので、大丈夫だとは思う。
とは言っても、別に未央の好意を断る理由もない。
「……じゃあ、ごめんなさい。待っててくれる?」
「うん、じゃあ玄関で待ってるから」
そう言い残して、未央は玄関へ歩き始めた。
汐那は、その後ろ姿を見送ってから、男子生徒に向き直った。
「……じゃあ、行きましょうか」
「あ、はい!こっちです……」
歩き出した男子生徒の後を追いかけつつ、汐那ははあ、と溜息をついた。
○
第一体育館裏にて。
「好きです、付き合ってください!」
「ごめんなさい」
即答した。
男子生徒が言い終えるのと同時に、そう答えた。
「……え……」
「興味ないの、恋愛に。だからごめんなさい」
何か言いかけた男子生徒に覆いかぶせるように言葉を叩きつける。
希望なんて、絶対に持たないように、容赦なく一刀両断する。
「……そうですか……」
そう言い残し、彼は意気消沈した様子で、その場を去った。
姿が見えなくなってから、汐那ははあ、と深い溜息をついた。
「あー……もー」
先ほどの台詞でわかる通り、さっきの男子生徒の要件は、いわゆる「交際の申し込み」だった。
汐那にとっては、もう嫌気が差すほどによくあることだった。
人に注目され、ある程度の「美」を求められるモデルを生業としている以上、男子に告白されるなんて、もう星の数ほどあった。
その大半が、汐那の美貌にやられた、いわばミーハーな気持ちで告白してくるような輩ばかりだった。
そして、汐那はそれを全部断っている。
理由はさっき言った通り、恋愛に興味をもてないからだ。
もっとも、人の顔や身体しか見てないような連中となんて、仮に恋愛に興味があっても付き合いたくないが。
「……で、次の人、どうぞ」
疲れた声で、そう言うと、物陰から、先ほどの彼とは別の男子生徒が現れた。
ここに来る途中、さっきの男子生徒と同じように、汐那に「話があります」と声をかけてきた生徒だ。
わざわざ日を改めるのも面倒なので、話が終わった後でいいなら、と一緒に来てもらって、話が終わるまで待ってもらった。
「それで話は?」
「あの……ずっと好きでした、付き合って下さい!」
「ごめんなさい」
今度もばっさりと切った。
硬直した男子生徒に向けて、言葉を重ねる。
「恋愛に興味がないから。話が終わったのなら、もう帰っていい?」
と言いながら、返事を聞く前に、汐那は踵を返していた。
置いていた鞄を手にとって、足早に歩く。
第一体育館裏には、撃沈した男子生徒だけが残された。
○
(……本当にもう……)
つかつかと廊下を歩きながら、汐那は内心でそうぼやいた。
思い返すのは、告白してきたさっきの男子生徒たちだ。もう顔も覚えていないが。
もううんざりだった。容姿に惹きつけられて、ボウフラのように涌いてくるミーハーな男どもも、そんな連中に時間を取られることも。
かといって、これを誰かに話したら、「モテる奴の自慢か」とか、僻まれるのだからやってられない。
はあ、と溜息をついた。頭を振って、もやもやを吹き飛ばす。
そして、考えを切り替える。
(……さて。どうしよう、かな)
そう汐那が考えているのは、未央のお誘いのことだ。
未央には、「都合が良かったら、『桜』に来て」と言われている。
つまり、汐那の都合が悪かったら、別に行かなくても問題はない。
本音を言うと、さっきの告白二連続のことが原因で、少し面倒になってきた。
「都合が悪くなったから、行けない」と言うのは簡単だ。
適当な理由をでっち上げてしまえばいい。きっと、未央は納得してくれる。
が、今はその適当な理由を考えるのも面倒だった。
んー……、とその場で少し考えて。
「……行こう」
とりあえず、行くことにした。
行って、不愉快なことになったら、用事があるとかなんとか言って帰ればいい。
なんて考えながら歩いているうちに、汐那は廊下を抜け、玄関に辿りついた。
「あ、蜜都さん」
「笹月さん」
玄関で待っていた未央と合流した。
「終わったの?」
「うん」
それを聞いて、未央は下駄箱から靴を取り出した。
汐那も、下駄箱から、靴を取り出して、履く。
そして、校舎の外に出る。
「じゃあ、行こう?」
「ええ」
そう言って、汐那と未央は、『桜』に向かって歩き出した。