よくあること
昼休み。
寝ていた涼護が起き、起きぬけで回らない頭で一つ欠伸をした。
「蜜都さん、今日もお昼一緒にどうかな?」
「うん、大丈夫」
「そっか。……今日は教室で食べても大丈夫、かな……」
言いながら、未央が視線を教室の中と外に向ける。
流石に転校二日目にもなると、昨日のよりも落ち着いてきてはいるが、それでもやはり汐那は注目されていた。
教室の外にも「蜜都汐那」を一目見ようとする生徒が集まっている。
それでも涼護の席からは距離を取っている辺り、理性は働いてるらしい。
「……どうする、蜜都さん。屋上に行く?」
「ううん、大丈夫。注目されるのは慣れてるし。というか、注目される仕事だしね」
もっとも、当の汐那はあまり気にしていないようだった。
たしかにモデルなんて職業は注目されてなんぼか、と涼護は起きぬけの頭で考えた。
「そう? じゃあ、教室で食べようか。あ、涼護席貸して?」
「そうすると、俺どこに座ればいいんだよって話だろ。……って、そういや、夏木どこ行った?」
涼護が教室を見渡して夏木を探した。
いつもなら一番に昼食を食べている夏木が、今日はどこにもいなかった。
「ああ、夏木なら、食堂で食べるって言ってたぞ」
「そうなのか?」
「昼食用に買っておいたパン、腹が減って食べてしまったんだと。で、なんか米が食いたくなったらしい」
「で、食堂か」
ああ、と深理が頷く。
夏木はサッカー部の朝練に毎日参加している。
朝食もちゃんと食べているらしいが、昼まで腹がもたないらしい。
なので、朝食とは別に朝の分と昼の分、多めにパンを買っているのだが、それでも持たない時があるらしい。
そういう時の夏木の選択肢は購買か食堂で、今日は後者らしい。
「つーことは、昼飯食い終わるまでは戻ってこないな、あいつ。ちょっと椅子貸してもらうか。深理、机借りていいか?」
「お好きに」
了承されたので、夏木の席から椅子を失敬する。
深理の席まで運び、座ると机に弁当を広げる。
「んじゃ、いただきます」
「いただきます」
「「いただきます」」
涼護と深理がそう言うのと同時に、向こうの二人もそう言った。
そして涼護が弁当に箸をつけようとした瞬間。
ピピ、と電子音がした。
「あ、悪い。ちょっと」
携帯を取り出して、涼護は立ちあがった。
そして携帯を耳に当てる。
「あ、はい。……はい。はい……わかりました。了解です」
涼護は電話相手と少し話し、電話を切った。
そして未央のほうを見る。
「未央、放課後ちょっと遅れる。仕事が入った」
「あ、うん。わかった」
未央が頷いた後、涼護は椅子に座り直したと思うと、すごい勢いで弁当を掻き込み始めた。
そして数分もしないうちに食べ終えた。
買っていたペットボトルのお茶も飲み切っている。
「ごちそう様。じゃあ、俺帰るわ」
「え、帰るの?」
涼護のあまりに唐突な言動に驚いている汐那だが、それとは対照的に未央や深理は落ち着いている。
「ああ。まあ、後で会えるだろ。じゃあな」
そう言い残して、涼護は教室を飛び出した。
○
涼護が飛び出ていった扉を、汐那はぽかんとして眺めていた。
途中、おそらくは教師の「おい乙梨! どこに行く!」という怒号が聞こえてきた。
涼護の「一身上の都合で帰ります!」という言葉も。
「……ねえ、笹月さん」
「はい?」
未央を見ると、ずいぶんと落ち着いている。慣れているようだった。
深理も同じようなものだった。いや、教室中の生徒たちも皆、落ち着いていた。
突然生徒が帰ったというのに。
「……よくあることなの?」
「うん。まあ、そうだね」
そう言って、未央は教室の窓から下を見た。
汐那もつられて見ると、涼護が走っているのが見えた。
「……帰るって、どうなの」
「よくあることなの。慣れるわよ、すぐに」
未央はそう言って、食事に戻った。
汐那も食事に戻るが、内心では慣れるほど彼と関わるかわからないけど、なんて思っていた。
一度助けられたとはいえ、汐那にとって涼護はまだその程度の存在だった。