登校
翌日。
今日も二度寝をした涼護は、欠伸をしながら登校していた。
「あ、おはよう乙梨君」
涼護がまた出てきた欠伸を噛み殺していると、汐那が声をかけてきた。
汐那はそのまま涼護の隣に並ぶ。
「おう、おはよう。蜜都、こっち側なのか?」
「うん。住んでるところからだと、こっち方面になるかなー」
「ふーん。……そういや、陽羽の街のこと、知ってるのかお前」
「どこに何があるかってこと? あー……そんなに知らないかも」
陽羽市はすごく大きいというわけでもないが、かといって狭くもない。
涼護も越してきた一年目は、どこにどんな店があるのかわからなかった。
「そうか。ま、住んでるうちにわかるだろ。未央辺りなら案内するとか言いそうだし」
「それ、ちょっと悪いような……」
「人の世話焼くのが趣味みたいな奴だから、好きにさせとけよ」
実際、越してきたばかりの涼護に街を案内したのは未央である。
この街で生まれ育ったわけあって色んなところを知っており、おかげで買い物やら何やらが楽になった。
流石に路地裏などの危険な場所は教えてくれなかったが。
「そっか……。じゃあ、好意に甘えさせてもらおうかな」
「そうしとけ」
会話が途切れた。
何か話そうかと、涼護は会話のネタになりそうなものを探そうとして、別にいいかと思い直した。
これからどうなるかはわからないが、少なくとも今現在、涼護にとっての蜜都汐那とは、その程度の存在だった。
そうして会話もなく歩いているうちに、校門が見えてきた。
○
「あ、おはよう、涼護……って、蜜都さんも」
「おはよ」
「おはよう、笹月さん」
流れで教室まで一緒に来た二人に、未央が声をかけた。
それにつられ、教室中の視線が涼護たちに集まる。
「え、なんで二人で登校してんの?」
「まさか蜜都さん、乙梨の毒牙に……!?」
「おのれ乙梨、笹月さんだけでなく、蜜都さんまで……!」
何やら非常に不愉快なことをほざいていた奴らを、涼護は思いっきり睨みつけた。
一瞬ですべての視線は逸らされた。
「あ、そうだ。蜜都さん」
「何か?」
「今日の放課後、都合いい?」
未央の言葉に、その場で考え込む汐那。
それを何か不都合があると受け取ったのか、未央が慌てた様子で付け加えた。
「あの、無理ならいいよ。あ、ひょっとしてお仕事とか……」
「ううん、こっちに慣れるまでは仕事は入れないようにしてもらってるから。うん、放課後は大丈夫だと思うけど?」
「そっか。良かった」
そう言い、未央はほっと安心したように息を吐いていた。
「でも、何の用なの?」
「それは……できれば、秘密にしたいな。あ、でも教えてくれないと駄目って言うのなら……」
空回りするほど気遣っているのがよくわかる未央の様子に、汐那がくすりと微笑ったのが見えた。
「ううん。それなら秘密でいいよ。大丈夫」
「良かった。なら放課後、『桜』に来てくれる?」
「うん、わかった」
汐那がそう頷いたのを見てから、未央は涼護のほうを向いて言った。
「涼護もね」
「……へーい」
涼護としてはここでごねることもできたが、どうせ未央に押し切られ、結局は『桜』に行くことになることが簡単に予想できるので素直に頷いた。
そもそもこういった場面で男が女に勝てるわけがない。
などとしているうちに、チャイムが鳴った。
「おーい、立ってる奴ら、席に座れー」
斑目が入ってきて、立っていた生徒が各々の席に座っていく。
未央や汐那、涼護も自分の席に座った。
「……じゃ、ホームルーム始めるぞー」
そうして、今日の陽羽学園は始まった。