昼休み
「じゃあ、これで終わる。まだ二時間あるが、頑張れよお前ら」
そう言って、斑目は教室から出ていった。
出ていった途端、また男子勢は汐那に群がった。
「蜜都ちゃん! よかったらお昼一緒にどう?」
「ふざけんな、俺とだ!」
「いや俺と!」
勝手なことをほざく阿呆を冷めた目で見つつ、涼護は弁当を取り出して立ち上がった。
流石にこんな騒音の中では昼食は食えない。
「えー……と」
汐那も困っている。
誰だってよく知りもしない相手と昼食なんか食べたくないだろうに。
涼護がそんなことを思いつつ、何気なく周囲を見回すと、未央が群がっている男子共に近づいているのが見えた。
未央は生徒たち越しに、汐那に声をかける。
「あの、蜜都さん」
未央の声はよく通る。
元々の声質がいいのか、それとも本人の人望故かはわからないが。
そんな声は、騒音の中でも汐那には聞こえたようだ。
「はい?」
いつの間にか静かになっていた男子たちの間から抜けだし、汐那が未央と対面したのが涼護のところから見えた。
「何か? えっと……」
「笹月未央。一応、委員長」
「笹月さん。それで、何か?」
「うん。あの、蜜都さんが良ければだけど、お昼、一緒に食べない?」
「え?」
ええ!?という男子たちの声が聞こえたが、涼護はもちろん汐那も未央も取り合わない。
「え。……いいの?」
「蜜都さんが良ければ、だけどね」
「いえ、うん。全然いいよ。ありがとう」
そう言った汐那に、未央がにっこりと笑顔を返していた。
元々お節介な未央には、汐那の状況は見過ごせなかったのだろう。
涼護は苦笑を浮かべ、同じように眺めていた深理に声をかけた。
「……仕方ない。深理、俺らは適当に二人で食うか」
「そうだな」
「え? 何言ってるの?」
涼護と深理の会話に、本気で何を言ってるのかわからないという風に小首を傾げた未央が言う。
「涼護たちも一緒によ?」
未央のその言葉で、男子たちの怒りのボルテージが一気に上がった。
涼護と深理が思いっきり睨むと、一気に小さくなったが。
「……あの二人も?」
「あ、ごめんなさい。嫌だった?」
「ううん、そんなことないけど」
汐那が首を振る。
その答えに安心したのか、未央はほっと息を吐いていた。
「じゃあ、行こう。教室だとちょっとあれだし……別のところで食べようか」
「あ、うん。じゃあお弁当持ってくるね」
「うん」
汐那が自分の座席に弁当を取りに戻っている間に、未央が涼護と深理のほうを見る。
涼護はその視線を見返し、こくりと小さく頷いた。
「じゃあ行こう。涼護も、枝崎君も。……勇谷君も来る?」
「いいんですか!?」
男子たちの中から、夏木の嬉しそうな声が聞こえた。
その声を聞いた涼護は眉をひそめ、未央に小声で話しかけた。
「おい、本気か?」
「いいじゃない。いつもと同じメンバーだし、呼ばないのもね」
「……そりゃそうだけど」
確かに未央の言うとおり、いつも一緒に食べている仲だ。
だが、それだと汐那が落ち着いて昼食を食べれなくなるのではないかという懸念が涼護の脳裏に浮かぶ。
しかし、未央は大丈夫と自分の胸を軽く叩いた。
「もし勇谷君がまた質問攻めにしようとしたら、涼護と枝崎君で追い払ってね?」
「結局俺ら頼りかい。いいけどな」
笹月未央という少女は、一度決めたら梃子でも動かなくなる少女だ。
涼護が何を言っても考えが変わるわけがない、ということがわかる程度には付き合いが長い。
「わかった。行くか。屋上でいいな?」
「だね」
涼護の言葉に未央がそう頷いた。
深理を見ると、同じように頷いている。
「じゃあ行こう、蜜都さん」
「うん」
各自弁当を持って(夏木はパンだが)、教室を出ていった。
○
涼護ら五人が屋上目指して廊下を歩いていると、様々な視線が突き刺さるのがわかった。
まあ、今日は人気絶頂のモデルである汐那がいるのだから仕方ないと言えば仕方ない。
道中、汐那が未央に話しかけていた。
「でも、屋上って開いてるの?」
「ううん。基本開いてないよ」
「え、じゃあ……」
「大丈夫、鍵あるから」
そう言って、未央は胸ポケットから鍵を取り出した。
「基本的には入れないんだけどね。屋上は生徒会の管理なんだけど……」
「鍵が盗難とかにあったらしい。で」
「第三者に管理してもらおう、って話になって」
「未央に白羽の矢が立ったんだ」
この辺りは、流石の息の合いようである。
涼護と未央が見事なまでに言葉を繋げていく。
「まあ、未央だけじゃなくて俺も持ってるけどな」
「え、そうなの?」
頷き、涼護はポケットから鍵を取り出して見せた。
くるくると鍵を指で回しながら口を開く。
「持ってる奴は持ってるぞ。部長とか委員長とかな」
「そんなに複数鍵があるの?」
「いや、皆合鍵を勝手に作った」
「え?」
その返答は意外だったらしく、汐那は少し驚いた顔をしていた。
くく、と笑いつつ涼護は続ける。
「鍵を閉められる場所って色々便利だからなー。たまにラブホ代わりにしてる奴いるぞ。俺出くわしたし。気付かれないように逃げたけど」
「あー……なるほど」
「……そこ、納得していいところか?」
などと話している内に、屋上の扉の前に着いた。
未央が鍵を開け、扉を開いた。
「着いた着いた」
「んじゃ、飯食うか」
男子三人は床、女子二人はベンチに座り、それぞれ弁当を広げた。
「あ、笹月さんのお弁当、可愛い」
「ありがとう。これ、手作りなの」
「そうなの? すごい」
女子らしい会話である。
白米を掻きこんでいた涼護は、何かに気づいたように口を開いた。
「そういや、蜜都がこんな時期に転校してきたのってなんか訳アリか?」
まだ四月ではあるが、もう一学期は始まってしまっている。
転校してくるにしても、学期の始まりに合わせて転校してくるものではないだろう。
「えーと……」
「あ、悪い。言いたくなかったらいい」
汐那が言い淀んでいたのを見て、涼護はとっさにそう言った。
誰だって、触れられたくないことはある。
「……まあ、ちょっと親の都合で」
涼護の言葉を聞いた汐那も、適当に濁してそう答えた。
何やら変な空気になってしまった。
それを感じた上でなのか、夏木は無駄に明るい声で言った。
「いやあ、でもあの「蜜都汐那」ちゃんを生で見れるなんてなー! 生きててよかった!」
「軽いなお前の人生」
「お前の頭並に軽いな」
夏木の発言に対する男子二人の言葉は辛辣だった。
ただ、そのおかげで変な空気が霧散した。
「お前ら酷いな!?」
「事実だろ」
「間違ってはいないだろ」
涼護と深理がそう言うと、夏木はうがあと騒ぎ始めた。
笑いながら適当に相手をしていると、未央と汐那の会話が聞こえてきた。
「あはは……、ねえ、いつもこんな感じ?」
「え、うん。そうだよ」
「ふーん……」
そう言いつつ涼護たちを見ている汐那の瞳と表情が、一瞬憂いを帯びたようになる。しかし、次の瞬間には消えていた。
その一瞬を目撃した涼護は、強烈な印象を残したそれを忘れることなど、できなかった。