開かない
細い道を真っ直ぐ歩く。
しばらくすると急に開け、目の前には大きな扉が現れた。観音開きの扉だ。
私は理解した。これは夢だと。
ただ、この扉が何なのかは分からなかった。
試しに押してみたけれど、びくりとも動かなかった。
□ □ □
父親の転勤の都合で引越しが多かった。
学校が変わる度に人間関係を作り直す。
それが個人的には負担で、いつしか誰とも話さず、1人で席で本を読んでいることが多くなった。
新しく転入した学校。
最初は皆興味を持って話しかけてくる。
だけど私の素っ気ない態度に徐々に興味を失い、そう時間もかからずに私は独りになった。
楽しそうに話すクラスメイト達の中で、1人で何回読んだかも分からない本をひたすら読む。
もう本が無くても文章を口に出来るくらいには読み込んでいた。
「ねぇ、どんな本読んでるの?」
ある日、近くに座る女の子が話しかけてきた。
対応するのが面倒くさくて、チラッと女の子を見てから、視線を本に戻す。あからさまな無視。
でもその子はそんなの気にせずに、私が読んでる本の表紙を覗き見た。
「この本私も読んだよ! 凄い好きなの!」
なんて純粋な表情、なんて純粋な声色。
その日から、私は少しずつその子と話をするようになった。
□ □ □
目の前に大きな扉。また前に見た夢だ。
ただ、今回は話をするようになったあの子が一緒にいた。
私達は一緒に扉を押す。前回とは違い、少しだけ扉が動いた。でもそれ以上は動かなかった。
□ □ □
話すようになった読書好きな女の子。私はヨミちゃんと呼ぶようになった。
ヨミちゃんと交流をしているうちに、また1人、また1人と話をする人が増えていった。
私が皆と距離をとっていた理由も、皆が理解してくれた。
しだいにクラスの輪にも入れるようになった。
□ □ □
扉の前にヨミちゃんをはじめ、クラスの皆がいた。
皆で一緒に扉を押す。前よりもどんどん扉は開いていく。
あと少し、という所で扉は止まってしまった。
□ □ □
ある日、両親からまた転勤の話を聞かされた。新年度に合わせて引越すという内容だった。
いつもごめんな、と言われても、私に選択権なんてない。だから、ううん、大丈夫だよ、としか言えなかった。
諦めていた友人関係に光が差し込み、また閉ざされてしまった。
私はこういう運命なのだと再認識する。
せっかく仲良くなれたヨミちゃんやクラスの皆と、この日からまた距離が出来た。
皆は心配してくれる。ただ、私が一方的に距離を置いてるだけ。
□ □ □
扉を皆が押してくれている。
でも今回はピクリともしない。
それどころか、扉は少しずつ、ゆっくりと、閉じようとしているように感じた。
皆が押している中、私は少し離れたところからその様子を見ていた。
こんなに人数がいても駄目なのだ。私1人が加わったところで、この夢の扉は開かない。
□ □ □
「ねぇ、何かあった?」
皆から距離をとって、独りで本を読んでいると、ヨミちゃんが話しかけてきた。私は、ううん、と返事はするけど、顔は合わさない。
「私の目は誤魔化せないわよ!」
ずいっと、私と本との間に顔を割り込ませてくる。
ここで突き放さないと苦しくなる。苦しくなると分かっているのに、そう出来ない自分がいる。
押し留めていた感情が少しずつ決壊していく。涙が少しずつ溢れ、それをもう止める術は私にはない。
「ちょちょちょ、どうしたの!?」
ヨミちゃんが慌てふためく。
教室にいる皆が、こちらに視線を向ける。そして、どうしたどうした、と寄ってくる。
私はぽつりぽつりと呟くように転勤のことを伝えた。転勤は仕方ないこと。両親も悪くはない。ただ、皆と仲良くなれて、大切な人達が増えて、その皆と別れないといけないことが、今はもう耐え難い。
「何言ってんのよ!」
ヨミちゃんが机をバンッと叩きながら言った。
「私達の絆は、ちょっと離れ離れになったくらいで無くなるものなのか! 否! そんなことはない! 私にとって、私達にとって、あんたはずっとずっと大切な友達なんだから!」
ヨミちゃんの言葉に、周りの皆が同調する。
それがもうどうしようもないくらいに嬉しくて、流れていた涙の勢いが、より強くなった気がした。
□ □ □
分かっていたのだ。
この目の前で構えている大きな扉がなんなのか。ずっと前から分かっていたのだ。
大切な人が少しずつ増えて、皆で動かすことが出来ていた。
でも、どこかで私は怖がっていたのだ。また大切な友達と別れることを。
でももう大丈夫。離れ離れになっても必ずまた会える。
皆が閉じようとしている扉を押してくれている。そこに、私も加わった。
扉が何の抵抗もなく、スッと開いた。
私1人では駄目だった。皆だけでも最後のひと押しが足りなかった。私と皆で開くことが出来たのだ。
私の心の扉を──
この扉、鍵は掛かってませんでした。




