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人の世の様子と銀竜ゼゼア

 落ち着く間もなく、大公、イルアールと姉のアーデルハイトは首都のタウンハウスへと向かった。

 王が聖女を引退したアーデルハイトと大公家の辺境騎士団の魔物討伐の功績を讃えて、盛大な晩餐会を開く。

 ただ、今回は王都の守護を務める守護三家のうち、王家のお膝元を守護するナハトクレア家の騎士団も一緒に(ねぎ)らわれるそうで、それは些か遺恨のある二家には憤懣やる方ない思いが燻っていた。


 そもそも、アスラン大公が王都を追われたのは、ナハトクレア家の保身による虚偽報告が発端だった。その後も、首都に来れば大公家の騎士団の面々は首都の騎士団に田舎者呼ばわりをされ、何かというと突っかかられていた。二家の諍いは数知れず。やったやられた、向こうの報復の方が多い、三十年余りの不満が積み重なって渦を巻いていた。大公自身にも、大公家の騎士団達にも。


 ナハトクレア家にしてみれば、王弟アスランを騙した積りではなく『王家の権威を守るための些細な調整』だったはずが、成り行きで王弟は王都を追われた。意図せずの流れであったし、騎士団同士の諍いもそれはもうお互い様と思っていた。ここ数百年、竜の国に領地戦は起こらず、辺境とは違い王都には魔物もほとんど出ず、王都の騎士団は自然、形式的な型を極めるような……お上品な物になっていた。その分、面子を潰されたと思えば大騒ぎだった。たまにしか王都に出て来ない田舎者が、作法も知らずに大きな顔をしやがって……と不満の渦に飲み込まれていた。


 晩餐会の日、王都の大公家タウンハウスから二台の馬車が王城に向かった。王都の近距離移動用で豪奢な細工が施された馬車には正装の大公と娘のアーデルハイト、もう一台にイルアールが乗っていた。周りは辺境騎士団の騎士団長、三隊の隊長が正装騎馬で固めていた。晩餐会で王直々の勲章授与の誉に与るのだ。


 馬車が賑やかな市街地に差し掛かる直前、イルアールの方の馬車が急停車した。落ちていた硬い木の枝が車輪に巻き込まれて動かなくなった。御者の応急処置で修理可能のようだが、多少の時間がかかる。万が一にも、遅れるわけにはいかないので、大公と姉には先に行ってもらった。


「ぼっちゃん、すいませんね。小一時間で直りますんで。退屈でしょうから、街中の見物でもしていてください。この先の噴水広場で待ち合わせましょう」

 そう言いながら、御者は御者台の後ろから出した棒で手際よく馬車を傾けて車輪の修理を始めた。

 大公はおそらく、イルアールを次代の披露目として連れて行くつもりだったのだろうが、今まで何も活躍していないのに勲章授与の場に同席するのは気が引けていた。晩餐会か、その後の歓談に参加できればその方がいい。


 派手な正装を長めのマントで隠しはしたが、元々の長身で目立ってしまう。それでも、暗くなればそこまでではなさそうだ。

 街は賑わっていた。買い物客、酔い客、家族連れ、恋人同士。彼方此方に王都の警備隊の姿は見かけたが、同じくらい小さな諍いの声は聞こえた。ぶつかっただの、列を割り込んだだの。商品が偽物だの、お釣りが少ないだの、ぼったくられただの……。

 これが、竜神の守護を失った人々の暮らしぶりなのだろうか?都会は田舎より人が多い分殺伐としている。


 大通りから、路地に入ったところで、野太い声がした。

「それを寄越しな!」

 人気のない路地の薄暗がりで、誰かが暴漢にあっているようだ。

「離してください!」

「かわい子ちゃんじゃん! 荷物だけじゃなくて、一緒に来なよ」

「僕、急ぐんです! 離して!」

「あれ? 男か。まぁいいや。どっちでも」


 帯剣はしていたが、体術で、イルアールは暴漢を投げ飛ばした。

「消えろ!」

 一瞬で壁に激突した暴漢は慌てて逃げて行った。


「お怪我はないですか?」

「……大丈夫です」

「あぁ、掴まれた手首が赤くなってますね……」

「このくらいは……」

 襲われていた彼は両手を組むと、ほんのり光らせた。すぐに赤みも消えた。

「治癒魔法が使えるんですね」

「少しだけです。……王宮の薬師をしています、ゼゼア・アヴェリエーヌと申します。ありがとうございました」

「イルアール・フォン・ヴァルディスと言います……」

 言いながら、見つめ合った二人は息を呑んだ。


 太陽のような金の髪と金の瞳のイルアールと、冴えた月のような銀の髪と銀の瞳のゼゼア。

 空気の粒さえ見えるような、音のない、時の止まった世界の中で、二人はただ黙って見つめ合った。


 そしてイルアールは一回り小さなゼゼアを手繰り寄せ、抱き締めて言った。

「いつも心の中で君を探していた……」

 ゼゼアはイルアールの背中に両手を回して、

「会いたかった……」

 と言った。存在そのものを知らなかったのに、会いたかったってなんだろう? と思ったけれど。

 二人揃って身体の芯に燃え立つ炎を感じていた。

「離れたくない。どうしよう、離れられない」

 離れたら死んでしまうような気がしていた。

 しばらく、そのまま抱き合って、それから二人は手に手を携えて噴水広場に移動した。


「俺はこれから、王宮の晩餐会に出席しなければならないんだ」

「よかった、僕も行くんだ。まだ一緒にいられるね。僕は何処かで着替えないといけないけど」

「着替えを持ってるなら、我が家の馬車で着替えて。そのまま一緒に行こう」


 ちょうど来たイルアールの馬車を借りて、ゼゼアが着替えてから二人は王宮に向かった。


 イルアールもゼゼアも、いつも本名を伏せ、母方の姓を名乗っていた。イルアールは大公家に来るまで使っていた祖父の苗字フォン・ヴァルディスを名乗った。ゼゼアも、普段薬師として一般の兵士たちと働く為に名乗っている母方の苗字アヴェリエーヌを名乗った。お互いどんな名前だって関係ないと思った。

 実際、二人の間では関係無かった。

 たとえ正しい家名を知ったところで、二人とも自分達の間に繋がれた愛を手放すことは出来なかったのだから。


 

 

 

 

 


 

 


 


 


 


 

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