金竜イルアール
「イルアールよ、もうお前しかいない、仕方ないから来い」
十年ぶりに会った父が迎えに来た。従う他はなかった。育ててくれた母方の祖父母の伯爵家を立つ。
そもそも、生まれた十八年前に母と自分を母の実家へ追い返しておいて、顔を見せたのは母が亡くなった十年前。後は放っておかれた。まともに話をした事もない父が迎えに来たのは、長兄が魔物の討伐戦の怪我が元で亡くなり、次兄も病に侵されてしまったからだ。
流石に挨拶も無しに連れ去るわけにもいかず、父である大公が迎えに来た。
父の大公は前王の末弟だった。戦術に長け、武勇に秀で、自ら志願して騎士団を連れて魔物が出る辺境を守っている。その後を継ぐことになった。
イルアールは、このまま祖父の伯爵家で跡取りの従兄弟を補佐して終わるつもりだったのに。
「イルアール、本当に大きくなって……、抱きしめたいのに届かないわ」
祖母の背に合わせて屈む。今までありがとうと伝える。
「向こうに行っても、剣の腕を磨けよ」
剣の師匠でもある祖父は幼い時から剣技を指南してくれていた。
「大公家の流派とは違うが、腕に不足はないはずだ」
教えは忘れないよ。ありがとう。
「出立」
急かされて馬車に乗る。
大公領までの二日を父と向かい合わせが気まずいが、別に何も臆することはない。
「リュシアに似ておるな、髪と目が」
「そうですね。髪も目も金に近いです。父上からは何も受け継がなかったですね」
イルアールは黄味の強い巻き毛の金髪と瞳はブラウン、日が当たると金色とも見えた。いつも優しげな印象だったが、いざ一度事が起きればさながら金獅子の如くだった。
父の大公は王家の黒髪、黒目だった。
少しだけ、言葉に棘を含ませた。そのくらい良いだろう?俺を振り回しておいて。
「双子で生まれなければ、手元に置いておけたのに。許せよ」
「は? 双子なんですか? 俺」
余りの事に思わず緊張が解けた。
「生まれた時は双子だった。お前の弟は死産だった」
なんとなく、分かる気もする。生まれてこの方、何か満たされない気がしていた。
「双子は教会に取られてしまうから、双子ということは隠したのだ。それでもお前に加護があるように、兄である金竜の名前を戴いた」
「始祖竜様の話ですか?」
「そうだ。お前はどのように聞いておる?」
「この『竜の国』の始まりは金竜と銀竜の双子の竜神で、天から降りて来て、民を加護し導き、国を繁栄させた。金竜と銀竜は双子で雄同士の竜だったが死ぬまで愛し合って離れない。仲睦まじく数千年もの間、国護りをしている」
「そうだ。国教の教えだな。それが、王家と神殿、中央の守護三家しか知らん事だが、竜神達は千年前に天に帰ったのだ」
「……神殿の奥には?」
「おられん」
姿を見たものはいないとはいえ、存在自体がないとは心許ないことだ。
「人の世の穏やかなのを見極め、天で休まれておる……だが、やはり人だけでは平和はならんのだ」
大公は広げた足の間にステッキをついて言った。
イルアールは、ため息のような息を吐きながら、
「竜神様が見ておられる。竜神様に恥ずかしくないように。という気持ちが薄れてしまうのでしょうか?」
「そうかも知れん。または人々の心の深いところで、不安が起こるのかも知れん。……王にはたまさか竜神様からの御神託が降りる。二十年ほど前、これ以上の人の世の穢れを清める為に、竜神の分け御霊が降ろされる事になったのだ。それが双子に宿るとして、双子は神殿で召し上げることになった」
あぁ、それで……。双子で生まれた俺は密かに母と祖父母の所へ行かされたのか。
「孤児たちと一緒に神殿で親もなく育つのは可哀想とリュシアが申したのでな。神殿にはお前が生まれる直前に、お前の姉のアーデルハイドを聖女見習いで取られたところでもあった。お前は双子ではなく、体が弱く、母と実家で暮らしていたということになっておる」
大公は笑いを噛み殺しながら言った。
「まさか、こんな大男に育つとはな」
イルアールは祖父の伯爵の私設騎士団の中でも抜きん出て大きかった。どうみても病弱とは無縁で申し訳ない。
大公は、つと真面目な顔になって言った。
「領に居れば何かと忙しく、顔も観に来れずすまなかったな。そんなわけで、お前が大きくなるまで呼び寄せることも叶わなかった。国の秘密で伯爵家にも言えなかったが、お二人は気遣ってくれたようだ。リュシアが話したのかも知れんが」
父の心が知れて、捨てられていたのではないと少しは気も晴れた旅だった。




