第9話 沈黙が告げるもの
会議室に入った瞬間、空気が重く沈んでいるのがわかった。
昨日まであったざわめきが、今日はない。誰も無駄口を叩かず、視線を逸らし、互いの存在を測るように座っている。
――減った。
人数が、確実に減っていた。
円卓を囲む椅子は同じ数のはずなのに、空席が目立つ。
第六話で「行方」を告げられた者たちが、ここにはいない。
「……やっぱり、戻ってこないんだな」
誰かが小さく呟いた。
その声に反応する者はいない。反応できない、という方が正しい。
正面の壁が静かに明るくなる。
無機質な音声が、淡々と告げた。
『第七選抜区画・第九評価会を開始します』
画面に映し出されたのは、一覧表だった。
名前、評価値、判定――そして一部に赤い文字。
【不合格】
その数は、三。
誰が消えたのか、全員が理解していた。
だが、誰もその名前を口にしない。
『不合格者は、今後すべての記録から削除されます』
淡々とした宣告。
それはつまり、「存在していなかったことになる」という意味だ。
画面が切り替わる。
次に映ったのは、評価基準の一文だった。
【沈黙は、中立ではない】
ざわり、と空気が揺れた。
「……どういう意味だ?」
短髪の男が問いかける。
だが、答えは誰からも返らない。
俺は黙って、その文言を見つめていた。
――来たな。
ここからが、本番だ。
『これより第九評価項目を開示します』
『評価項目:集団内影響度』
数人が息を呑んだ。
『発言・行動・沈黙を含め、他者の判断に影響を与えた度合いを評価します』
沈黙。
その意味が、ようやく全員に伝わった。
何もしなかった者。
目立たず、波風を立てず、ただやり過ごそうとした者。
――それも、評価対象だ。
「……ふざけるな」
誰かが低く吐き捨てた。
「何もしてないのに、不合格になるってのか?」
その言葉に、画面が反応するように次の表示が出た。
【影響を与えなかった者は、影響を拒否した者と同義である】
静まり返る室内。
俺は、ゆっくりと周囲を見回した。
視線を落とす者。唇を噛む者。焦りを隠せない者。
――全員、理解した。
ここでは「無難」は存在しない。
考えない者は、切り捨てられる。
『次の評価まで、残り七十二時間』
『その間、自由行動を許可します』
画面が暗転する。
誰も立ち上がらない。
立ち上がれない。
沈黙の中で、俺は確信していた。
次に消えるのは、
自分は安全圏にいると思っている人間だ。
椅子を引く音が、やけに大きく響いた。
――動くなら、今だ。
俺は、最初に会議室を出た。
背後で、誰かの視線を感じながら。
沈黙を破った者から、試される。




