第2話 不合格者の消失
昨日まで、確かにそこにいた。
それが、今朝になって忽然と消えていた。
出社してすぐ、俺は違和感に気づいた。
オフィスの一角――窓際の席が、空いている。
「……あれ?」
そこは、佐久間 恒一の席だった。
三十代前半。仕事ができて、気配りもできて、上司からの評価も高い。
俺みたいな凡庸な社員とは正反対の存在だ。
昨日も一緒に資料を作った。
昼休みには、コンビニの新作スイーツがどうこうと、どうでもいい話をした。
なのに。
「佐久間さん、今日休みですか?」
隣の席の同僚に聞くと、怪訝そうな顔をされた。
「……誰?」
その一言で、背中に冷たいものが走った。
「いや、だから佐久間さん。ここに座ってた――」
「そんな人、最初からいないだろ」
周囲の社員も同じ反応だった。
人事データを確認しても、社内チャットを検索しても、佐久間 恒一という名前は存在しない。
写真も、メールも、名刺も、何一つ残っていなかった。
――消えた?
そんな馬鹿な話があるか。
だが、俺のスマホのメモ帳にだけ、残っていた。
【昨日の打ち合わせ:佐久間さんの案、採用】
喉が鳴った。
俺は、確かに“何か”を思い出した。
昨日の夕方。
佐久間がぽつりと、こんなことを言っていた。
「結局さ、才能って何なんだろうな。
頑張っても、報われない人間もいるのに」
その時、俺は――
「まあ、向いてない人間もいるんじゃないですか」
そう答えた。
何気ない一言。
責めるつもりも、見下すつもりもなかった。
でも。
その瞬間、佐久間の表情が、ほんの一瞬だけ凍ったのを覚えている。
昼過ぎ、佐久間の家を訪ねた。
表札は最初から存在しない。管理人も「そんな住人はいない」と言った。
世界が、佐久間を最初から拒絶している。
俺だけが、取り残されている。
その夜、見知らぬ画面が夢に現れた。
【判定結果:不合格】
【対象:佐久間 恒一】
【理由:将来的価値なし】
心臓が跳ね上がる。
目を覚ました瞬間、確信した。
――これは夢じゃない。
そして、もう一つ。
なぜか俺だけが、“不合格”を知っていた。




