第19話 評価される側
室内の照明が、わずかに落とされた。
監督官が告げる。
「次の再評価対象者は――」
一拍、間が置かれる。
「内部通報者です」
空気が、完全に凍りついた。
入ってきたのは、三十代半ばの男だった。
背筋は伸びているが、顔色が悪い。目の下に、深い隈。
「番号、B-04」
男は俺たちを一瞥し、無言で中央に立った。
スクリーンが点灯する。
《通報内容:組織内部の評価基準に関する疑義》
《行動評価:規定違反》
《危険度:中》
誰かが、小さく息を呑んだ。
――組織を疑った人間。
監督官が淡々と説明する。
「彼は、評価基準が“選別”ではなく“排除”に近いと報告しました」
男が口を開いた。
「訂正します」
声は低いが、はっきりしている。
「“近い”じゃない。これは排除だ」
ざわり、と合格者たちが動いた。
「反論を許可します」
監督官の声。
男は俺たちを見回し、ゆっくりと言った。
「ここにいる君たちも、もう気づいているはずだ」
視線が、俺に刺さる。
「数値は成長を示すものじゃない。服従度を測る指標だ」
誰も反論しない。
「不合格者が何を言おうが関係ない。必要なのは、従うか、従わないか」
男は、一歩前に出た。
「そして今――」
「君たちは、“評価する側”に立たされている」
胸の奥が、ざわつく。
「つまり」
男は静かに言った。
「君たちも、試されている」
沈黙。
監督官が口を挟む。
「質問は?」
男は首を振った。
「質問はない」
そして、こう続けた。
「ただ一つ、言っておく」
俺たちを見据えて。
「ここで誰かを切り続けた先に、自由はない」
「以上です」
端末が配られる。
《再合格》
《不合格維持》
制限時間、三十秒。
今度は、誰も指を動かさない。
さっきの女性とは違う。
この男は、組織の核心を突いている。
もし再合格させれば――
俺たちは“組織に疑問を持つ側”に分類される。
逆に、不合格にすれば――
この言葉を、なかったことにできる。
隣の女が、震える声で言った。
「……この人を通したら、私たちも危なくなる」
誰かが、小さく頷く。
――生き残るために、切る。
その構図が、はっきり見えた。
残り、十秒。
俺は端末を見つめながら、あることに気づいた。
画面の隅に、小さな表示。
《選択内容は、評価対象となります》
――選ぶこと自体が、評価。
つまり。
どちらを選んでも、
俺たちは、もう逃げられない。
「三、二、一」
集計。
スクリーンに結果が出る。
《再合格:1》
《不合格維持:11》
圧倒的多数。
男は結果を見て、静かに息を吐いた。
「……そうか」
怒らない。
叫ばない。
ただ、俺を見た。
「君だな」
心臓が跳ねる。
「さっきの女性のとき、迷っていた」
なぜ、わかる。
「顔に出てた」
そう言って、微かに笑った。
「覚えておけ」
扉の前で、立ち止まる。
「君は、最後まで残る」
そして、一言。
「だからこそ、一番危ない」
扉が閉まった。
室内に、重い沈黙。
監督官が告げる。
「再評価、完了」
俺の端末が震える。
《評価更新》
《服従度:安定》
《危険因子:低下》
――評価された。
考えなかったこととして。
だが、胸の奥で、何かが確実に壊れた。
監督官の最後の言葉。
「次回から、判定対象は“個人”ではありません」
一瞬、間。
「集団です」
合格者たちの間に、戦慄が走った。
――次は、俺たち自身。




