第14話 全員合格という罠
「全員合格、アリじゃない?」
最初に言い出したのは、若い男だった。
「誰も脱落しないなら、それが一番平和だろ」
数人が、うなずく。
空気が、そちらへ流れ始める。
――来た。
この流れは、危険だ。
「問題はさ」
別の声が続く。
「説明できるかどうか、だよな」
「できるだろ。全員、最低限の条件は満たしてる」
最低限。
その言葉が、すでに曖昧だ。
俺は、あえて口を開いた。
「基準は?」
視線が集まる。
「最低限って、何を指す?」
一瞬の沈黙。
「……常識的に、だよ」
来たな。
常識。
説明不能な魔法の言葉。
「常識は、人によって違う」
俺は淡々と続ける。
「ここにいる全員が、同じ常識を持ってると説明できる?」
男は言葉に詰まった。
女が口を挟む。
「でも、不合格を出す理由も、説明しにくいよ」
「その通りだ」
俺はうなずいた。
「だから、どちらも地獄」
全員合格は、優しさの皮をかぶった爆弾。
誰かを落とすのは、明確な敵を作る。
その時、画面が割り込む。
『議論は記録されています』
『後の評価に反映されます』
全員の背筋が伸びた。
もう、適当なことは言えない。
俺は決めた。
――全員合格は、選ばせない。
だが、自分から「不合格」を主張もしない。
やるべきことは一つ。
基準を言語化させること。
「もし全員合格にするなら」
俺は言った。
「“不合格にしなかった理由”を、一人ずつ説明しよう」
空気が、凍った。
それはつまり、
全員分の弁護を背負うという意味だからだ。
誰も、手を挙げない。
沈黙が、答えだった。




