第12話 疑念の連鎖
提出期限まで、残り二時間。
共用スペースは静まり返っていた。
誰もが端末を睨み、誰もが誰も見ていない。
――嘘だ。
全員、見ている。
ただし「人」ではなく、「評価対象」として。
俺の端末が短く振動した。
【他者の提出状況が一部公開されました】
画面に表示されたのは、人数分のバーグラフ。
名前は伏せられているが、誰が何人から予測されたかは分かる。
そして。
一人だけ、明らかに突出していた。
「……出たか」
予測数、最多。
理由は想像がつく。
発言が多い。主導権を握ろうとした。判断を下した。
――切る側に回った者。
ざわつきが、遅れて広がる。
「多すぎないか……?」
「おかしいだろ、あれ」
「誰が入れたんだよ」
だが、誰も名指しはしない。
できない。
ここで声を上げた瞬間、自分も次の候補になる。
その時、背後から低い声がした。
「……あんたも、入れた口か?」
振り返ると、俺を睨む女がいた。
これまでほとんど発言していない。存在感を消していたタイプ。
「どうしてそう思う?」
「目が違う」
短い沈黙。
俺は否定も肯定もしなかった。
「予測は義務だ」
「……義務、ね」
女は鼻で笑い、視線を逸らした。
「一番厄介なのはさ、正しそうな顔して合理語る人間だよ」
その言葉に、何人かがこちらを見た。
――来たな。
疑念は、正しさに向かう。
壁面が光る。
『中間確認』
『現在、最も不合格予測が集中している人物は一名』
『ただし、予測理由の一致率は低い』
一致していない。
つまり――皆、雰囲気で入れている。
『評価基準が共有されていない場合、次に不合格となるのは』
一拍。
『「理由を持たない判断をした者」です』
空気が凍る。
「……は?」
「理由、って……」
画面が続く。
『感情・同調・忖度による予測は、評価点を大きく下げます』
『あなたは、自分の提出理由を説明できますか?』
誰かが、息を呑んだ。
俺は理解した。
これは、二段構えだ。
誰を切るか
ではない。
なぜ切ったかを、切られずに説明できるか。
端末に、新たな入力欄が出現する。
【自己弁明欄:任意提出】
任意。
だが、提出しない選択肢はない。
周囲を見ると、何人もが焦ったように文字を打ち始めている。
俺は、あえて手を止めた。
――今、書くべきじゃない。
理由は単純だ。
焦って書いた言葉ほど、論理が崩れる。
静かに待つ。
数分後。
共用スペースの一角で、声が荒がった。
「ちがう! 俺は雰囲気で選んだわけじゃ――」
途中で、言葉が途切れる。
表示が切り替わった。
【評価更新】
【不合格:一名】
名前が、映し出される。
さっき、声を上げた男だった。
『理由:自己弁明に一貫性なし』
誰も、何も言えない。
俺は、端末に向き直り、ゆっくりと入力を始めた。
短く。
余計な感情を排して。
「判断基準は、評価構造への影響度」
それだけ。
提出。
数秒後、通知が届く。
【評価:維持】
周囲の何人かが、こちらを見た。
恐怖と、警戒。
もう、はっきりしている。
ここでは、
黙っている者が安全なのではない。
考えている者だけが、生き残る。
そして――
考えている者は、必ず疑われる。




