第11話 合理という名の刃
評価が終わった後、誰も俺に話しかけてこなかった。
廊下ですれ違っても、視線は一瞬触れるだけですぐに逸らされる。
さっきまで共有していたはずの「仲間」という空気は、完全に消えていた。
――当然だ。
俺は、切った側だ。
居室に戻ると、端末がすでに起動していた。
通知が一件。
【個別評価ログが更新されました】
画面を開く。
【評価精度:A】
【判断理由:論理的一貫性あり】
【情動影響:低】
淡々とした文字列。
だが、それはつまり――今回の判断は「正解」だったということだ。
「……そうか」
胸の奥が、少しだけ冷えた。
正解。
人を切り捨てて、正解。
それを是とする場所に、俺は立っている。
しばらくして、共用スペースが開放された。
自然と人が集まるが、会話はぎこちない。
「……なあ」
声をかけてきたのは、以前から発言が多かった男だ。
評価対象になっていた一人。生き残った側。
「お前、誰に入れた?」
直球だった。
周囲の空気が、一気に張り詰める。
俺は一拍置いて、答えた。
「答える意味があるか?」
「……いや」
男は唇を噛み、視線を落とした。
その反応で、十分だった。
皆、気づき始めている。
ここでは「誰が正しいか」じゃない。
誰が切る判断をできるかだ。
その時、壁面の表示が点灯した。
『臨時評価通達』
全員の動きが止まる。
『次評価までの準備課題を提示します』
画面に映し出されたのは、簡潔な一文。
【次に不合格になる人物を、事前に予測せよ】
ざわめき。
「……は?」
「予測って……誰を?」
すぐに、補足が入る。
『あなた自身を含め、対象は全員です』
つまり。
自分が切られる可能性も、計算しろということ。
『提出期限は二十四時間後』
『理由と共に提出してください』
画面が暗転する。
誰も動かない。
動けない。
俺は、静かに息を吐いた。
――なるほど。
次は、他人を切るだけじゃ足りない。
切られる側の論理まで理解していないと、生き残れない。
自室に戻り、端末を見つめる。
入力欄は空白だ。
【予測対象:___】
【理由:___】
俺は、迷わず最初に自分の名前を入力した。
理由を書く。
「評価を下せる者は、最も早く危険視される」
そして、次に。
別の名前を、一つ。
さらに、もう一つ。
――感情は、排除する。
必要なのは、構造の理解だけだ。
ここは試験場じゃない。
淘汰装置だ。
提出ボタンに指をかけた時、端末に新たな表示が現れた。
【あなたの提出内容は、他者の判断材料として共有されます】
口元が、わずかに歪んだ。
「……そう来るか」
つまり、
正しい予測ほど、敵を増やす。
だが、引き返す気はなかった。
俺は提出した。
この刃は、もう引き抜かれている。
正解を出した者から、疑われる。




