第1話 不合格通知
――判定結果をお知らせします。
突然、視界に浮かんだ無機質な文字に、俺は足を止めた。
朝の通勤ラッシュ。スマホを見ながら歩く人波の中で、俺だけが取り残されたように立ち尽くす。
《個体識別番号:JP-███-███》
《総合適性評価:不合格》
不合格。
意味を理解するより早く、次の表示が重なった。
《本日0時をもって、あなたの職業ライセンス、居住権、信用スコアは停止されます》
《異議申し立ては受理されません》
……は?
視界を何度も瞬きする。AR広告でも、悪質なジョークでもない。
この通知は、政府公式AI――**《ジャッジ》**のものだった。
五年前に導入された、国民適性判定システム。
能力、思考傾向、社会貢献度、潜在的リスク。
それらを総合評価し、「社会に必要な人間」と「不要な人間」を分ける仕組み。
そして今、俺は――不要と判断された。
「冗談だろ……」
思わず声が漏れる。
だが周囲の誰もこちらを見ない。まるで俺の存在そのものが、背景に溶け込み始めているようだった。
《警告:本通知を受け取った時点で、あなたは“非適格者”です》
《公共施設の利用制限が開始されます》
足元の改札が赤く光った。
ICカードが反応しない。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
駅員に声をかけようとした瞬間、耳元で再び《ジャッジ》の音声が響いた。
《不合格者に対する対面対応は、業務対象外です》
冷たく、感情のない声。
それだけで十分だった。俺は、社会から切り離されたのだと理解させられた。
理由はわからない。
犯罪歴もない。
成績も平均。
ただ、平凡に生きてきただけだ。
それでも――不合格。
駅を出ると、街の景色がどこか歪んで見えた。
大型ビジョンには、《ジャッジ》のスローガンが流れている。
「最適化された社会へ」
その文字を見た瞬間、胸の奥がひりついた。
「……最適じゃないのは、俺かよ」
ポケットのスマホが震える。
銀行アプリ。残高表示の横に、赤字でこう書かれていた。
《アカウント凍結》
終わった。
仕事も、住む場所も、明日も。
そのとき、最後の通知が表示された。
《不合格者向け最終案内》
《あなたには一度だけ、再判定の機会が与えられます》
息を呑む。
《条件:判定対象として“他者”を推薦すること》
《推薦対象の合否結果は、あなたの再判定に影響します》
他者を、判定する?
《選択してください》
《あなたは“誰”を、合否判定にかけますか?》
視界に、複数の名前が浮かび上がった。
家族。
同僚。
通学中の見知らぬ他人。
指先が、震える。
――俺が生き残るには、誰かを切り捨てろってことか?
その瞬間、はっきりと理解した。
この世界は、もう正しさで動いていない。
俺は歯を食いしばり、画面を睨みつけた。
「……上等だ」
選んでやる。
そして証明してやる。
この判定が、間違っているということを。




