第七十五話 雪夜の門外倉
夜半、雪が強くなった。
門外倉の俵に白い帽子がかぶり、壺口の封は氷で固くなる。
陳石の笛が短く二度。
川下の影で、滑るように動く黒い舟が一本。
秦明は鼓を二短一長、梁の下で皮を抑える。
灯籠は五呼吸。
張順の舟は瀬締の影からすべり、花栄の矢縄が雪の幕を割った。
武松は虎皮の裾を結び、鉄棍で杭を二度叩く。
魯智深は丸太を横倒し、雪を受ける“雪幕”を倉の前に張る。
黒い舟は刃を見せず、紐を投げて俵の結いを盗もうとする。
楊志は竹札台帳を閉じ、清蘭の合図で“香幕”を雪幕の裏へ並べた。
酒粕と桂花の湿りが雪を柔らげ、匂いで近寄る手を鈍らせる。
娘娘は鼻通の薬蜜を焚き、咳を誘う香の層を切った。
矢縄が一本、二本。
花栄は弦を濡らさぬよう袖で覆い、雪の隙目を読む。
縄は黒い舟の舳を回り、張順の舟の舷で交差した。
秦明の鼓が長。
舟は止まり、雪の上に浅い跡だけを残す。
影の中から、短い口笛。
沈涯のものではない。
黒い舟の別の男が香墨を掲げ、雪に線を引いた。
香の黒で匂いを上書きし、犬の鼻でも倉の位置を誤らせる算段だ。
李翔は笑い、返り蜜を雪にひと筋落とした。
甘が先に立ち、黒の角が溶ける。
雪は香を飲み、倉の匂いは元の層へ戻った。
黒い舟から紐がまた伸びる。
武松は鉄棍で杭を軽く叩き、雪幕の足をわずかにずらした。
落ちた雪が紐を重くし、張順がそこへ矢縄の輪を滑らせる。
魯智深の丸太が転がり、舟の腹をやさしく持ち上げた。
刃は一本も抜かれない。
鼓と灯と縄で、舟は自分の重みで止まった。
息が切れる前に、翔は“雪見粥”を配る。
骨湯に生姜を強め、陳皮を粉にし、桂花を遅らせる。
湯気は雪の白を押し上げ、指の痺れを解く。
沈静のあと、黒い舟から短い言葉。
「香で迷わせ、雪で盗れ、と教わった」
誰かが背後で舌打ちする。
港筋のやり口だが、沈涯の鍋ではない。
楊志は帳面に“雪夜:香墨は返り蜜で無力。雪幕と香幕で視と鼻を割る。鼓の長で止め、矢縄で絡める”と記し、
清蘭は倉の封に雷星の小印を添えた。
秦明は旗の裂けを指で押さえ、雪を払って梁に掛け直す。
雷の鼓は短く、灯は高い。
刃は鞘で眠ったまま、雪は静かに倉の周りを白くした。
遠く、南の風に鍋の香がわずかに混じる。
沈涯の鍋だ。
香は刺さない。
彼の稽古は、雪の夜にも椀の高さを守っていた。




