第六十八話 川霧の手前
川霧が低く降り、石を噛む水音が冬の胸を冷やした。
雷の隊は川の手前で止まり、鼓手が皮の張りを確かめる。
二短、一長──遠くへ響きすぎない刻に落とし込む。
男は小さな包みをひとつ用意した。
炭で乾かした塩ひと握り、粟ひと握り、骨と生姜の薄い粉、そして星印の古い竹片。
包みの外に短い文。
“湿りは腹に非ず。秤と鼓で乾かす。椀の門が受けるなら、割札を火へ投ず”
橋はまだ見えない。
霧の奥に、灯がある気配だけがある。
男は鎖鞭の輪をほどき、包みを結わえて短い棒に括り付けた。
隊の弓手が頷き、棒を川向こうへ静かに射る。
水音を裂かず、霧を傷つけず、ただ灯の匂いのする方角へ。
霧の向こうで、笛の音がひとつ。
返礼の印はない。
だが香が変わった。
桂花の糸がわずかに濃くなり、鼻の奥でひと息長く残る。
「届いた」
鼓手が乾いた一打を落とし、隊は霧を背に野営の支度を始めた。
夜更け。
川風に混じって、骨湯の白い匂いが微かに渡ってくる。
湯気はまだ遠い。
それでも隊の者は粟を少しだけ炊き、鼓刻で火を扱い、湯気を乱さない粥を作った。
雷の旗は折り畳み、皮にくるんで静かに寝かせる。
明け方、霧が一瞬だけ薄くなった。
遠い岸に灯が揺れ、石の影が帯のように見えた。
男は鼓を持たず、ただ風を嗅いだ。
乾いた音は要らない。
今は、椀の湯気が先にある。
“乾いた鼓状”は霧の向こうへ届き、桂花の糸が返りました。
雷の隊は鼓を短くし、息を長くして待つ。
次回、合流篇へ。霧の灯に近づいた雷の旗が、椀の秤と初めて向かい合います。




