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梁山泊 -Liang’s Dining-  作者: 高火力鉄鍋
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第五十五話 弓影、鉄鎖を裂く

清風寨せいふうさいの歓声から二日。

 花栄かえいの矢が金屏きんびょうを射抜いた夜には、官衙かんがの文が山道を駆け下りていた。

 “花頭はながしら僭称せんしょうして官をかたる”――

 罪状は的外れであっても、弓手の腕は脅威となる。


 夜明け前、竹林を裂く鞭声むちごえ

 巡検じゅんけん官が連れてきた兵が広場を包囲し、粥の鍋を蹴立てた。

 桂花けいかあわの香が土に散り、湯気がしものように沈む。

 花栄はつるを張る暇もなく長弓を床へ置き、両手へかせを受けた。

 わんを抱えた子どもたちは声を殺し、黄粱粥こうりょうがゆの湯面に影が落ちた。


 土牢どろう山裾やますその横穴。

 粗末な鉄鎖てっさが手首を縛り、足枷あしかせ鉄環てっかんが地面へ打ち込まれている。

 外では巡検官が杉木すぎき矢立やたてを抱え、矢を数えながら笑った。

 「弓を持たぬ花頭など、酒のさかなにもならぬ」


 真夜中、鉄鎖が湿気できしむ。

 花栄は肩を横へずらし、枷のすきに指をくぐらせた。

 山里の鍛冶かじが打つ鎖はびの浮く鉄。

 鉄鎖をねじれば、堅牢けんろうな輪がわずかに鳴る。

 弓を握る指は鍛錬で痩せ、骨がやいばのように立っていた。


 一息で力を込め、骨と鉄と土の匂いが混ざる音を聴く。

 枷が割れ、手首に鉄粉がまとわりつく。

 足枷へさらに体重をかけ、鉄環を地面ごと砕く。

 闇に沈む土牢の奥で、火箸ひばしほどの鉄片を拾い上げた。

 ――矢が無くても飛ぶ道具になる。


 同じとき、広場では子どもたちが鍋の底をさらい、残った粥を炊き直していた。

 粥の湯気が穴の上へ届き、桂花と骨湯こつゆの甘さが薄闇を揺らす。

 花栄は息をひそめ、鉄片を弦代つるしろに掛けた。

 声より速く、鉄片が抜け穴から飛ぶ。


 外で金属がはじけ、矢立が割れた音がした。

 巡検官の悲鳴が風に転がり、花栄は壁土を蹴って外へおどる。

 枷の鎖を振り回し、兵のやりを絡め取る。

 まきをくべた火が倒れ、夜目で歩く影が砂を踏んで散った。


 子どもたちが鍋を支え、黄粱粥を手渡す。

 花栄は湯気を吸い込み、一椀飲み干した。

 骨湯が咽喉のどへ落ち、縛られていた腕に熱が戻る。

 「弓と椀は奪えぬ。が腹にあれば弦は折れぬ」


 長弓と矢筒を奪い返し、くずれた竹塀たけべいを越える。

 月光は雲の向こうで薄く、北の空に桂花の匂いがほんのり漂う。

 追っ手の脚より腹の灯が速い。

 花栄は山道を駆け、矢羽やばねを背に揺らした。


 夜明け、とうげで薄い霜が白く光り、遠くに一本の湯気。

 けものの脂ではない、骨と桂花を混ぜた甘い匂い。

 弓手の肩はそれを風より先に覚え、足は迷わず北へ向いた。

 黄粱粥の湯気を胸に残し、矢羽は凍えず、風は寒さを甘く溶かした。

弓は鉄鎖を裂き、黄粱粥の湯気が花栄を北へ導きました。

 次回、梁山泊の迎客門に現れた弓手が椀を受け、星札へ〈矢星〉を刻む合流話へ続きます。

 刃を射抜く弓と腹を灯す椀――その交差点をどうぞお楽しみに。

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