第四十三話 石をめぐる夜火
夜の川筋は水位が一尺下がり、川底の丸石が月光を返していた。
張順率いる水房隊は、干潮を待って舟を岸へ伏せ、石を縄で束ねて甲板へ引き上げる。
濡れた肌に冷気が刺さるが、腹には潮香粥の熱が残り、指は震えなかった。
山裾から炭房隊の火が見える。
黒炭の赤い芯が夜を食み、梁山泊の輪郭を遠火で描き出す。
その灯の向こう、斜面の暗がりで木枝が折れる音。
炭房隊の霍沙が低く警告を放った。
「山鬼が来る。塩袋を撒いて跡を隠せ!」
木影から現れた影は、獣皮と蔦縄を纏い、腰に短い手斧を下げていた。
彼らは川から上がる石を狙い、護岸用の石を高値で転売する盗掘集団。
水場の石が砦を固めると知れば、刃は迷わず火へ向かう。
張順は船尾に青竹の竿を立て、石を載せた舟を押し出した。
「舟を川芯へ流す! 岸は炭房隊に任せろ」
霍沙は丸太束に火を点け、斜面へ転がす。
乾いた枝葉が爆ぜ、橙の火が斜面を照らした。
山鬼の列が火を避け、岩棚へ迂回する。
そこへ楊志が兵站隊の若者を率いて現れた。
手にするのは剣ではなく、塩で干した梅干しの袋。
楊志は袋を裂き、梅干しを火中へ投げ込んだ。
熱で弾けた酸の蒸気が夜気を裂き、山鬼たちの喉を震わせる。
「腹が渇けば刃も鈍る! 椀を求めるなら門へ来い!」
山鬼の頭目は目を細め、手斧を上げかけて止めた。
酸が鼻から肺へ抜け、渇いた喉が粥を欲しがる。
だが意地で振り払うと、足元の石に躓き、斧が火の中へ落ちた。
火の粉が舞い、炭の芯が石へ写る。
霍沙が丸太を肩で押し、転がした石を火から弾じき出した。
「石が欲しいなら舟で運べ! 腹が鳴れば櫂も動く!」
頭目は火と酸と寒さの真ん中で息を荒げ、最後に短い口笛を吹いた。
山鬼たちは一斉に斜面を降り、闇へ溶ける。
張順が川芯で舟を止め、岸の灯を見上げる。
石は舟三艘分、護岸の半分に足りる量。
「今夜はこれで良しとするさ」
広場に戻ると、翔が骨湯を足した潮香粥を鍋いっぱいに用意していた。
楊志は帳面に石の数を記し、梅干しの袋を新しい行へ貼り付ける。
“石 七十六、梅干し袋 三 刃の抜け 零”
夜更け、迎客門の湯気は魚と梅の匂いを抱え、山道へ細く指を伸ばす。
酸も塩も火も、椀の中で溶け合えば灯になる――
それを知った香りは、闇の向こうの誰かへ静かに問いを投げ続けた。
石と酸の火花は刃を抜く前に収まり、山鬼たちは湯気の在り処を胸に去りました。
川の石は舟で運ばれ、梁山泊の護岸は半分が形に。
次回、山鬼の残した斧が思わぬ縁を呼び、砦の診療所計画に火が入ります。
灯と刃の境はまだ揺れ続けます。湯気の行方をどうぞ見届けてください。




