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梁山泊 -Liang’s Dining-  作者: 高火力鉄鍋
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第四十二話 川音は椀を呼ぶ

黄砂こうさの風が止み、迎客門げいかくもんの湯気が久しぶりに真っ白に伸びた。

 梁山泊りょうざんぱくの広場では、炭房隊たんぼうたいが焼いた黒炭を倉庫へ運び込み、兵站隊長の楊志ようしが帳面に黒墨で数字を記す。

 炭が入った分、次は水――そう予測するかのように、門番長の陳石ちんせきが耳を澄ませた。


 遠くから、川底をる低い音。

 岩をむ水が、大きな舟を押し上げるような重い響きを運んでくる。

 風向きも匂いもまだ変わらない。だが耳だけは水音を嘘にしない。


 李(りしょう)は鍋から骨を引き上げ、灰汁あくを払いながらつぶやく。

 「炭があるなら次は水房すいぼうが要る。井戸を掘るか、生きた川を引くか」

 娘娘にゃんにゃんが干し魚を手早くほぐし、塩と山椒さんしょうを合わせて小袋に詰める。

 「乾いたのどに塩を投げてもせるだけ。水のない塩は毒になる」


 楊志が門の外へ耳を澄ませると、石をたたくような軽い拍子が混じって聞こえた。

 舟をさおの音に似ている。

 やいばつちの金属ではない、水と木がぶつかる音。


 魯智深(ろちしん)は丸太を門扉もんぴに立て掛け、史(ししん)は弓のつるを少しゆるめた。

 「水と塩がぶつかると胃が火を噴く。粥の仕込みを替えた方がいいな」

 翔は梅と酒粕さけかすを半量にし、代わりに干し魚の骨を砕いて鍋へ入れる。

 「しおと骨で出汁だしを立てる。“潮香粥しおかがゆ”――水を求める腹に届くはずだ」


 


 門上の矢倉やぐらに灯がともり、陳石が低く合図を送る。

 木造りの舟が三艘さんそう

 帆はけ、ふなばたには亀裂きれつ

 それでも川面を割り、水煙を上げながら山裾やますそへ強引にける。


 舟を操るのはせた水夫たち。

 肩と腕は縄のように締まり、日に焼けたほおは潮風の色を帯びている。

 先頭は銀色の耳飾りを揺らした若者。

 舟着き場に飛び移った瞬間、両足で地面を確かめ、すぐ水袋を探すそぶりを見せた。


 「ここが梁山泊か? 水を分けてほしい」

 若者の声はかすれ、舌先に塩の結晶けっしょうが光る。

 翔は門下の台へ潮香粥を並べ、木杓きじゃくで湯気を高く掲げた。

 「水と塩が欲しいなら、わんで腹を満たすのが先だ」


 若者はいぶかしげに眉を寄せ、手を伸ばす。

 湯気が鼻先をで、魚骨と酒粕と梅の香りが混ざって胸へ落ちた。

 一口すすった途端とたん、喉が鳴り、背の筋がほどける。


 「……水が中から戻る味だ」


 舟から降りた仲間たちも椀を求め、炭房隊が用意した水桶みずおけへ列を作る。

 楊志は竹札板いたを差し出し、名と職を書かせた。

 若者は素直に札へ刻む。

 “張(ちょうじゅん) 川船かわぶね三艘”


 陳石が舟を検め、みよしに塩袋が二つしばられているのを見つけた。

 だが袋は裂け、半分以上の塩が流れ落ちている。

 「塩を買う途中で難破なんぱしたか」

 張順は悔しげにうなずいた。

 「川下で水位が下がり、山鬼やまおに贋塩にせしおで舟を縛った。残っているのは潮だけだ」


 翔は椀を掲げたまま言う。

 「塩が欲しいなら、水と引き換えに届けてほしいものがある」

 張順が目を細める。

 「酒粥か? いや、湯気の立つ椀か?」

 「川底の石だ。流れを変える護岸ごがんに使う。とりでを守る石を運べるか」


 張順はれた舟底を見やり、しばらく考えた。

 潮香粥を飲み干し、椀を掲げ直す。

 「石は重いが、腹が空のままより軽い。椀を支度しておいてくれ」


 楊志が帳面に「水房隊 張順ほか十六名」と書き込み、最後に“石運び未定”としゅで残した。

 夜風が川筋かわすじから吹き上がり、潮の匂いを湯気へ絡めた。


 門上で史進が弓を緩め、魯智深が丸太を担ぎ直す。

 「椀で水をつなげば、やいばびる一方だな」

 翔は鍋に水を足し、火を起こし直した。

 「錆びた刃はげばいいが、乾いた腹は研げない。湯気で磨こう」


 星明りに照らされた迎客門の湯気は、夜の川面を真直ぐに照らし、

 新しい水の道が砦へつながる音を静かに待っていた。

川からたどり着いた張順たちは、潮香粥で腹を満たし、石運びと水房隊の仕事を担うことになりました。

 炭に続き、水が梁山泊へ流れ込み、砦は少しずつ“小さな国”へ近づいていきます。

 次回、石を奪おうとする山鬼たちとの火花が散り、椀と刃の境が再び試されます。

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