第四十一話 塩風と炭の匂い
黄砂を含む風が山道を叩き、迎客門の白い湯気を茶色に霞ませた。
門番長の陳石は槍の石突で板道をつつき、視界の奥に黒い影が増えるのを確かめた。
丸太の車輪、皮を巻いた荷橇、煤で染まった蓑──炭焼きの一団が山肌を登ってくる。
先頭の大男は、肩から下げた袋に白い粉を撒きながら歩いていた。
塩の匂いが風に乗り、梁山泊の広場まで届く。
骨湯の煙に混ざった苦い塩気が、炊き場の娘娘をしかめ面にさせた。
「塩が欲しい、と鼻で叫んでるね」
李翔は大鍋の蓋を開け、干し梅と粗塩を炒りつけた米を投入した。
小気味よい爆ぜ音が立ち、焦げ茶の香りが煙に勝つ。
「焼き飯で迎えよう。腹が先か刃が先か、椀で聞けばわかる」
門下へ向かう途中、楊志は空になった塩壺を抱えた炭焼きの男とすれ違った。
肩も腕も灰で白いが、目の奥は飢えた獣の光を持つ。
「ここの湯気に塩を分けてもらう。椀一杯で銀三分、高いか安いか」
楊志は歩みを止め、青龍剣の鞘に触れた。
「銀より腹が先だ。塩袋を振り回せば喉は乾く」
やり取りを見下ろしていた魯智深が丸太を肩に笑い、門上から声を落とす。
「塩を奪る手より、椀を掴む手のほうが早いぞ!」
大男は鼻で笑い、拳を振り上げた。
だが拳より先に、翔が差し出した木鉢が鼻先をくすぐる。
湯気に乗るのは干し梅と焦げ米の香り。
鉄の鍬で混ぜたばかりの“梅塩焼き飯”。
大男は拳を止め、塩袋を握る手をゆっくりほどいた。
「匂いだけで唾が出る……一椀、値は?」
「腹礼だ。椀を受けたら竹札に名を刻む。それで足りる」
楊志が札板を差し出すと、炭焼きの隊長が煤のついた指で荒々しく名を刻む。
“霍沙 一名”
椀を口へ運んだ瞬間、焦げ米の香ばしさと梅の酸味が舌と喉に火をつけた。
空き袋の向こうで、仲間たちが一斉に塩袋を降ろす。
翔は大鍋の脇へ炭俵を並べさせた。
「炭を置いていくなら塩は渡せる。焼き場の脇に“炭房”を作れ」
霍沙は焼き飯をかき込みながら頷く。
「炭を山ほど焼いてやる。だが塩は腹で支払いだ。椀が先なら任せろ」
夕方までに炭焼きの男たちは門の内側で炭房を組み、梁山泊の倉庫には塩俵が運び込まれた。
楊志は帳面に「炭房隊 二十名」と書き加え、空欄だった塩の行に数字を書き込む。
梁に掛けた暖簾が風でひと揺れした。
白い布地の端に、焦げ茶の小さな点――梅塩焼き飯の蒸気が結んだ跡が残る。
「椀と塩と炭で、剣より強い鎖ができたな」
楊志が呟くと、翔は鍋を空にして笑った。
「腹で結ぶ鎖は錆びないさ。次に来る風が何を運んでも、湯気が試してくれる」
夜。
迎客門の竈火は炭房で焼いたばかりの黒炭を受け、湯気は前より厚く真直ぐ。
風向きが変わり、遠くから水の匂いが混ざった。
新しい物語がまた門へ向かっている――そんな気配を、湯気だけが先に知っていた。
塩を求めて現れた炭焼きの一団は、椀一杯で梁山泊の“炭房隊”になりました。




