第四十話 椀がつなぐ帳面
迎客門から立つ白い湯気が、夜明けの空へ細く伸びていた。
梁山泊の広場には、米袋や干し肉が山のように積まれ、新しく来た者たちが竹札を胸に走り回っている。
合流してまだ一晩の楊志は、早朝から米袋を担いで竈へ運んでいた。
剣の達人でも、空腹には勝てない。
ふと鍋の蓋が開き、梅と酒粕の甘酸っぱい香りが広がる。
娘娘が笑顔で声をかけた。
「骨を足した“迎客粥”だよ。少し口にしてから働きな」
「あとの楽しみに取っておきたいが……」
言いかけた楊志の手に、李翔が小椀をそっと押し込んだ。
「腹が空だと目が利かない。帳面を書くにも粥は必要だ」
広場の隅、周文が倉庫帳を広げている。
楊志は粥を飲み干すと、そのまま筆を取った。
「米三十袋、干し肉二十樽、塩十塊……昼までに竈へ」
まっすぐな字に周文が驚く。
「粥が骨まで届いたか。字がまったく揺れない」
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荷車の混乱
午後、山麓の村々から荷車が到着した。
竹札と引き換えに運ばれた野菜や炭が、順番を示す札を風で飛ばされ車列が絡まる。
声は荒れ、車輪がきしむ。
楊志は青龍剣の鞘で地面を軽く叩き、はっきりと指示を出した。
「重い米は門の内側、軽い野菜は外! 順番を守れ!」
剣を抜かずとも通る声に車夫たちは従い、道はすぐに開く。
門上から見ていた陳石がつぶやく。
「兵站向きの喉だな」
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夕刻、倉庫帳に新しい肩書きが書き加えられた。
“兵站隊長 楊志”
拍手が上がり、翔は大鍋に山査子を散らす。
湯気が梅と骨の匂いを運び、迎客門へ流れていく。
楊志は剣を横に置き、椀を掲げた。
「剣より椀のほうが重く感じるとは思わなかった」
翔が蜂蜜をひと垂らし、笑って答える。
「腹が鳴れば剣も鈍る。だから腹から守るのさ」
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日が落ちても門の竈は火を落とさず、湯気は星空へまっすぐ立つ。
北風に混じって、どこか遠くから砂の匂いが届いた。
門番の陳石が槍の柄を握り直す。
「旅人か? それとも……」
湯気は何も答えず、ただ真っ白に夜空を指していた。
腹を満たして筆を振るい、楊志が兵站隊長に就任。
梁山泊は食と物流をまとめる砦へと、また一歩進みました。
次回、塩を求める流れ者たちが門を叩き、初の“衝突交渉”が始まります。




