第三十五話 迎客門に灯をともす
凱旋の宴が終わって三日。
梁山泊の広場では、ふたつの丸太柱が太陽のように木槌を受けていた。
李翔は墨縄で水平を測り、梁代わりの白木を通す。
「ここが〈迎客門〉のてっぺんだ。腹を空かせた旅人が必ずくぐる入口にする」
門番長になった陳石は柱を叩き、根元の石を締め直す。
「門の下へ竈を埋める。昼も夜も湯気を上げて、外から見張り火より目立たせる」
竈小屋では娘娘と清蘭が“迎客粥”の鍋を試作していた。
干し米に猪骨を溶かし、山の湧き水で薄め、酒粕と梅を落とす。
最後に蜂蜜を一滴だけ垂らすと、湯気がふわりと甘く変わった。
「骨は山、生姜は畑、塩は遠くの市。味を重ねて『ここへ来た』って分からせたいね」
娘娘が微笑むと、湯気が返事のように揺れる。
広場の隅では魯智深が丸太で猪もも肉を叩いていた。
「骨と脂で腹を抱かせりゃ、刃より早く膝が折れる」
史進は九竜旗を柱に掛け、風で見える高さを弓で測る。
「旗が見えりゃ湯気の帯が道案内になる。遠くの旅人が山の入り口を迷わないように」
周文は新しい竹札台帳を広げ、ページの最上段に“迎客門 稼働一日前”と記す。
“在住一九〇 臨時滞在三一 旅人一五”
筆が止まると、すでに夕影が伸びていた。
夕刻。柱に梁が嵌り、白布の暖簾が仮に吊られる。
翔は門下の竈に火を入れ、酒粕と梅の香が一筋の煙と混ざって上がった。
「門の香りは梁山泊の名刺だ。誰が来ても腹で名前を覚えてもらう」
薪を運んでいた凌凰が腕を拭い、門の外を眺める。
「まっさらの雪が踏まれていないのは今日までだな」
魯智深は笑い、丸太を肩に担ぎ直した。
「坊主の拳より椀の方が速い。湯気を見たら刃が鈍るってことを、門が教えてやるさ!」
夜半。月が雲間から抜けると、門下から湯気が静かに立ち上がる。
その瞬間、遠い山道で乾いた馬蹄が響き、氷を割るような叱咤が反射して返ってきた。
清蘭が鍋の蓋を開け、迎客粥をもう一度かき混ぜる。
「旅人かな? それとも……」
林冲は槍の柄に手を掛けたまま微笑む。
「腹が先なら椀を出し、刃が先なら打ち払う。それだけだ」
翔は門の下で杓子を握り、湯気を肩越しに感じながらつぶやく。
「何者かわからなくても、湯気は問わない。まずは椀だ」
山道の影がゆらりと揺れ、松明の火が揺らぎを帯びて近づいてくる。
梁山泊の迎客門は、初めての“客”を呑み込む刻を待っていた。
迎客門が完成し、梁山泊は「湯気で招く砦」として動き出しました。
誰が来るのか、敵か味方か――門をくぐる足音はまだ夜霧に隠れています。




