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梁山泊 -Liang’s Dining-  作者: 高火力鉄鍋
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第二十八話 凍紗の楼、蜜雲に沈む刃

都の中央、絹市を見下ろす高台に「凍紗いてしゃの楼」があった。


水門から運ばれた物資はすべて一度この楼に集まり、高俅こうきゅうの印が押されて各役所に振り分けられる。

白い石階段を三層めぐらせ、最上階には氷を敷いた回廊。

外気を凍らせる冷気は、窓下の民が飢えていても高官の皿に霜を飾る贅。


李翔は夜更けの酒粕鍋を背負い、王進・魯智深・史進とともに人影の途絶えた裏門へ向かった。

背負い籠の中には、小さな蒸籠せいろに並んだ「蜜雲糕みつうんこう」。

米粉と蜂蜜、白梅を蒸した外は雪のように白く、中にはなつめを刻んだ飴が雲の筋を作る。

冷やした楼で唯一、刃を曇らせずに香りを通す甘点心だった。


門番は凍える空気を吸い込みながら竹火鉢で手を温めていた。

酒も火も禁じられた楼で、凍気を防げるのは薄い炭火だけ。

翔は壺から蜜雲糕を一つ取り出し、割って見せる。

香りがほとんど無い楼内で、甘い蜜がぼんやりと漂った。


「凍紗の夜食です。火を使わず、凍気を吸っても腹で溶ける」


門番は眉をひそめたが、唾を飲み込み舌で歯をなぞる。

凍気が胃の壁を刺し、甘味への渇望を知らせる。

翔が小声で続けた。


「中で働く帳簿役は凍えた指で数字を書き、零れた墨で数字を太らせる。

 甘さで血を巡らせれば、震えた筆跡は正しく戻る」


門番は蜜雲糕を取って一口噛み、冷たい甘露が舌にしみた瞬間、目の奥が緩んだ。

静かに門扉を開き、合図の鈴を鳴らす。


楼の回廊は白い霜で覆われ、灯火がそのまま氷に封じ込められたように鈍い光を放つ。

魯智深が丸太を肩で転がして氷を試し、史進が弓で床を叩いて凍みを測る。

足跡が浅い。働き手は最上階の帳簿室に閉じ込められ、下階は空だと知れた。


林冲と娘娘は別動で楼の正門を牽制。

凌凰が屋根から射る位置へ上がり、清蘭は薬湯壺を抱えて階段下に待機した。


王進は帳面の控えと朱印を懐に、翔とともに氷の回廊を上る。

最上階の帳簿室は、氷壁の中で灯を揺らせる唯一の暖色。

室内では書吏たちが凍えた指で筆を握り、膨れた数字を震える字で上塗りしていた。


「夜食をお持ちしました」

翔の呼び声に、書吏が顔を上げる。

顔色は白を通り越して青。

墨壺の凍膜が筆を重くし、錯筆で二重計上した列がまばらに続く。


王進は朱印を机に置いた。

「この行は太尉への献上と偽った横流し。

 この行は民の灯火を奪った差額」


書吏の手が震え、墨が紙を汚す。

翔は蜜雲糕を皿に置き、さらに薬湯を壺から注いだ。

薬湯は棗と生姜を煎じた湯。湯気が氷壁に当たり白い霞を作った。


「甘味で血を戻し、湯で指を開けば、墨は震えず数字は正せます」


書吏たちは半信半疑で菓子を口にし、湯をすすった。

棗の鉄分が血をほぐし、生姜の熱が指を温める。

震えが止まり、色の無かった頬に赤が戻る。

墨を浸した筆がまるで別人のように流れ、膨れた数字を一つずつ削る。


「風が……吹いているのに、指が動く」

「こんなに静かに筆が進むのは久しぶりだ」


その瞬間、回廊下で鋭い氷の裂け音。

太尉の直属兵が巡察に来たのだ。

氷鎧を纏い、刃に霜を纏っている。

魯智深が丸太を構えたが、翔が首を振る。


「音を立てれば氷が割れて落ちます。

 香りで迎えましょう」


史進が矢の先に蜜雲糕を載せ、微かに囓り花に刺ります。

氷で閉ざされた凍紗の楼が、蜜雲の香りで解け始めました。

残るは高俅の私邸「緞陽だんようの邸」での最後の一椀。

梁山泊の灯は都の中央へ向かい、皿と刃の行方を決する準備を整えます。

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