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梁山泊 -Liang’s Dining-  作者: 高火力鉄鍋
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第二話 口より先に、心がほどける

梁山泊と呼ばれるその野営地は、今日も喧騒に包まれていた。


 どこから来たのかもわからない兵士たちが集まり、焚き火のそばで酒を酌み交わし、時に怒号を飛ばし合い、時に剣を交える。

 だがその一角にぽつんと建つ木造の小屋には、不思議と静けさがあった。


 そこが、李翔の営む「飯屋・梁山泊」だった。


 店と呼ぶにはあまりに粗末な造り。

 だが、その小さな厨房から漂う香りは、どこか人の心を落ち着かせる力を持っていた。


 「ねえ、ここの炒飯、また食べたいな」


 ひとりの少女が、ぽつりと呟いた。


 翔が振り返ると、店の前に、泥まみれの若者が倒れていた。

 少女はその傍らに寄り添っている。

 年の頃は十六、七。薄汚れた布を羽織りながらも、瞳はしっかりとした意思を宿していた。


「すまない、この人……昨夜から何も食べてなくて。気がついたら、ここに辿り着いてたの」


「そっか。ようこそ、“梁山泊”へ」


 翔は微笑み、厨房に戻った。



「……で、結局、何を作ってんだよ」


 隣に座る凌凰が、相変わらず口うるさい。


「今は、“粥”。こっちの胃には慣れてないからな。いきなり炒飯じゃ腹を壊す」


「優しいな、お前」


「料理人だからな。体に優しく、心にも届く。基本だよ」


 翔は土鍋に湯を張り、米と干し貝柱、刻み葱を入れて火にかけた。

 ぐつぐつと音が立ち始めると、香りがゆっくりと店内に満ちていく。


 目を覚ました青年は、戸惑いながらもスプーンを握り、ひと口すくった。


 ──何も言わない。

 ただ、次のひと口がすぐに続いた。


「名前は?」


 翔が尋ねると、青年はしばらく沈黙したあと、ぽつりと答えた。


「周 しゅう・ぶん……元は、書記官だった」


 その言葉に、凌凰の眉が動いた。


「文官か。どうせ汚職に巻き込まれて逃げた口だろ」


 青年の手が止まる。だが翔は、にこりと笑って言った。


「いいじゃないか。逃げてきた先で、うまい粥に出会えたなら」


 周 文はスプーンを置いた。そして、頭を下げた。


「……ありがとう。たぶん、久しぶりに、食べ物で泣きそうになった」



 食後、外の焚き火にあたりながら、翔はひとり土鍋を洗っていた。

 そこへ少女が近づいてくる。


「ねえ、おじさん。どうして、こんなところで料理してるの?」


 翔はしばらく考えたあと、笑って答えた。


「それは俺も、ずっと考えてる。でも、ひとつだけわかってるのは──

 腹が満たされれば、ちょっとだけ人は話をしてくれるんだよ」


 少女が静かに頷いた。


「わたし、清蘭せいらん。あの人と一緒に、もう少しここにいさせて」


「もちろん。“梁山泊”は、腹が減ってる奴と、居場所がない奴のためにある」


 その夜、李翔はひとつの張り紙を小屋の前に掲げた。


 ──《梁山泊 飯屋》

  疲れたら寄れ

  黙ってても、飯は出す


 そう書かれた札が、月明かりに照らされていた。

粥は「優しい料理」の代表格ですが、その優しさは味だけでなく “食べる速度” にも表れます。

周 文が黙って一匙ずつ口に運ぶ姿は、荒んだ心を少しずつ温めていく焚き火のようでした。

──言葉より先に、香りと温度が人の壁を溶かす。

料理人・李翔の武器は包丁でも鍋でもなく、その「場」をつくる力なのかもしれません。


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