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梁山泊 -Liang’s Dining-  作者: 高火力鉄鍋
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第十四話 椀の灯、偽りの赦免

みやこの城下を抜け、李翔りしょう林冲りんちゅう李師師りししの三人は、古い瓦屋根の民家の裏手に身を潜めていた。

月の光が屋根瓦に照り返し、都の静けさが不気味に響く。


「ここよ。太尉たいいの下屋敷に繋がる、女中部屋の通用口」

師師が囁いた。

娘娘にゃんにゃんは、毎晩あの部屋の灯が消える前に湯を汲みに出てくる」


林冲は壁に背を預け、じっと通用口を見つめる。

あの細い扉の向こうに、妻がいる。

何も告げずに遠ざけたままの、自分を待っているかもわからない女。


翔は布に包んだ小鍋を差し出す。

「香りは届く。言葉が足りないなら、椀を添えろ」

林冲は頷き、鍋を手に取った。



やがて、戸の蝶番がきしみ、小柄な女が水桶を手に姿を現した。

髪はわれ、夜着の裾から素足がのぞく。

顔に月の光が落ちた瞬間、林冲の息が止まった。


――間違いない。

あの日、剣を置いてでも守りたかった人。


彼は言葉を飲み込み、かわりに小さな火鉢を灯す。

鍋の中から立ち昇る湯気が、蜜と香草の匂いを夜気に溶かした。


女の足が止まり、そっと鼻を動かす。

そして、声が漏れた。


「……この匂い、覚えてる」


林冲は一歩踏み出した。

「娘娘」

女が振り向いた。瞳が大きく揺れる。

「あなた……ほんとうに?」


「椀しか持って来られなかった。剣も、名も、赦しも、置いてきた」

「でもあなたは、生きてる。椀を持って、ここまで来てくれた」

娘娘の目に涙が浮かぶ。


林冲は小さな椀に蜜煮をよそい、妻に差し出した。

「この一椀で、戻ってきた。あの日、約束できなかったすべてを、この椀に込めた」


娘娘は手を伸ばし、椀を受け取った。

唇に落とした瞬間、喉が震える。


「……熱い」

「そうだ。冷えた都の中でも、俺たちはまだ温かい」

「じゃあ、私も――」

「戻ろう、梁山泊へ。もう独りにはしない」


だが、静寂を破るように、高笑いが裏口の先から響いた。


「美しいなあ、再会というのは。まるで“赦免状”の演出にぴったりだ」


暗がりから現れたのは、黒装束に身を包んだ細身の男。

手には、都の印が押された封書――赦免状を持っていた。


「林教頭、都の慈悲により、あなたの罪は赦されました。妻を連れ、静かに下野かやりなさい。これは高俅様のご厚意である」


林冲は目を細め、赦免状を受け取ろうとする。

だが、その刹那、師師の声が走った。


「それは偽物! 本物の印には、印影の右下に細工がある!」

翔が火鉢を持ち上げ、赦免状の角に湯を垂らした。

途端に、文字がにじみ出す。墨ではない――絵絹えぎぬに書かれた偽筆。


林冲は短く息を吐き、槍を抜いた。


「赦しを偽り、椀を汚すとは。太尉の名にかけて、貴様の腹を冷やしてくれる!」


男は刃を抜いたが、翔の包丁が先に飛んだ。

男の袖を裂き、娘娘の背後にいた別の刺客も師師の投げた酒壺で気絶した。


戦いは一瞬。

都の夜に、鍋の香りと火薬の匂いが入り混じった。



娘娘は震える手で椀を抱きしめていた。

林冲が肩を貸すと、彼女はそっと身を預けた。


「まだ信じられない。でも、味は覚えてる。あの夜の鍋と、同じ味」

翔は二人を見やり、柔らかく笑った。

「椀は、戻る場所を作る。言葉より正確に、熱を伝える」


李師師が月を見上げる。

「太尉は諦めない。けれど都の風にも、香りは残るわ」


三人と一人は静かに裏道を抜け、梁山泊への帰路につく。

雪は深く、風は冷たい。

それでも、手の中の椀は熱かった。

林冲と娘娘、ついに再会!

都の冷たい罠を“香り”と“熱”で打ち破った一椀が、また一つの絆を繋ぎました。

次回は梁山泊へと戻る一行の前に、都の刺客と、もう一人の“味を追う者”が立ちはだかります。

椀が導く旅路はまだ続きます。どうぞお楽しみに!


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