表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梁山泊 -Liang’s Dining-  作者: 高火力鉄鍋
13/89

第十話 雪解け鍋、刃を溶かす

落日の朱が峠を染め、梁山泊りょうざんぱくの小さな飯屋に夜が降りた。

窓には灯が揺れ、かまどでは猪骨ちょこつ乾姜かんきょうが白濁した湯気を立てる。

林冲(りんちゅう)はりに掛けた槍の切っ先を布で拭き、音の消えたひさしの外をうかがった。


「都からの追手はいつ来てもおかしくない。雪が消える前に動くはずだ」

声を潜めた林冲に、李翔(りしょう)が湯気を浴びながら微笑む。

「剣は外、椀は内。冷えた刃より温い鍋のほうが早く人を動かす」

魯智深ろちしんが大鍋を揺らし、香草を放り込む。

刺客しかくとて腹は減る。椀を手にすれば、拳の速さは半分だ!」


そのとき戸口に影が二つ映った。

雪靴の音は軽く、息は白い。

旅の行者あんぎゃ――と名乗った男と、無口な従者。

行者は合掌し、低い声で言う。

「吹雪に道を失い、温かい椀を求め参った」

翔は首を傾げ、卓へ二つの椀を置いた。

「黙っていても、飯は出す」


魯肉飯ルーローファンの匂いが立つと、行者は袖から薬包を取り出した。

「疲れた従者に薬を混ぜても?」

「香りを損ねねば構わぬ」と翔が頷く。

薬包が湯気で湿り、粉が椀に落ちた瞬間、林冲の視線が細く光った。

薬粉に混じる鉄の匂い――刃を砥石といしの粉だ。


従者は箸を取らず、袖の奥に光を潜ませる。

熱を帯びた鍋の湯気で、隠した短刀のさやが曇った。

林冲は静かに席を立ち、竈の脇で木杓子きじゃくしを握る。

魯智深は口笛を吹き、外の雪を踏み鳴らした。


行者は薬を溶かした椀を前に、視線を翔へ向けた。

「都では、梁山泊に逆心ぎゃくしんありとうわさが立つ。温い椀で民を惑わすとも」

翔は米をかきまぜ、微笑を崩さぬ。

「腹を満たし、心を温める。それを惑わしと呼ぶなら、都の皿は相当に冷えている」


従者の袖が揺れ、短刀の刃が灯にひらめく。

だが一歩踏み出した途端、鍋から立つ熱気が刃に露を結ばせ、はがねが白く曇った。

刃が霞んだ一瞬、林冲の木杓子が飛び、従者の手首を打ち落とす。

魯智深が丸太のような腕で行者の肩をつかみ、卓へ叩き伏せた。

香草と葱油ねぎあぶらの匂いが跳ね、椀が揺れる。


「刃を抜いた罪に鍋で報いてやろう」

魯智深が笑い、行者の前へ雪解ゆきどけ鍋を差し出す。

行者は肩を押さえ、震える声で問う。

「なぜ殺さぬ?」

翔は麦湯を注ぎ、椀を林冲へ渡した。

「腹が減れば刃も鈍る。鍋は人を生かすためにある。殺めるならそちらが先に冷える」


従者は短刀を取り落とし、椀に映る湯気をにらんだ。

しかし立ち上がる気力は、温い匂いに溶けるように失せていく。

林冲が背を向け、槍を柱に戻す。

「斬り結ぶより、椀を重ねよ。剣で守る誇りもあるが、ここでは箸を重ねる誇りが勝る」


夜が更け、行者と従者は椀を空にしたままうつむく。

高太尉こうたいいの名を出す気概も消え、ただ肩を震わせていた。

翔は暖簾のれんを上げ、凍てつく外気を吸い込む。

「都の皿が冷えているなら、いつでも来ればいい。黙っていても、飯は出す」


凍てつく荒野に、湯気と香りが流れ出す。

刃を溶かした鍋の匂いは夜空に混ざり、白い星をわずかに霞ませた。

梁山泊の灯は、新たな客を迎え撃ち、新たな客を救い、静かに燃え続ける。

温い鍋の湯気が刺客の刃を曇らせ、戦いを椀へと封じました。熱は力より速く心に届く――梁山泊らしい勝利です。

次回は、行者が置き去った密書がきっかけで、都の陰謀が一気に表層へ。飯屋の暖簾と都の冷たい皿が、本格的に衝突し始めます。どうぞご期待ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ