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6 復活した魔物

 動けるようになったナツが、うつ伏せで倒れているマント姿の魔物の隣に膝をついて呼びかけた。

「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」

 魔物が身につけているマントは蝉時雨之破砕(せみしぐれのはさい)でボロボロになっており、顔の横には角がある異形の骸骨のお面が割れて落ちていた。

「ん……。はっ、温羅(おんら)は? 温羅はどこにいますか?」

 マント姿の魔物は目を覚ますと、上半身を起こして周囲を見渡した。その顔は二十代前半の人間の女性に似ていて、美しく整った顔に並ぶ大きな目の瞳はピンクダイヤの色彩で、長いピンクゴールド色の髪はつむじの辺りでポニーテールにしており、束ねた髪の根本には赤とピンクの小さな桃の花、左耳の上には大きな白い桃の花が飾られていた。

「温羅? 何のことだ?」

 ナツが無表情で魔物の女性に訊いた。

「頭だけの姿で宙に浮かぶ魔物です。温羅はどこです? 温羅はとても危険な魔物です! 監視をしなければ!」

 うつ伏せで気を失っている鏡太朗の隣に座っているまふゆが、魔物の女性に答えた。

「大丈夫、あいつならやっつけたよ。この鏡太朗がね」

「……や、やっつけた……? このままでは大変なことになります! 倒した温羅はどこです?」

 目を見開いた魔物の女性の顔からは、見る見る血の気が引いていった。まふゆは魔物の女性の質問に答えながら、後ろを振り向いた。

「あいつなら、あたしの後ろで倒れて……、えっ?」

 床の上から頭だけの魔物の姿が消えていた。校舎が突然激しく揺れ始め、気絶していた鏡太朗が目を覚ました。

「じ、地震?」

 揺れが収まった時、魔物の女性が両目を見開いたまま呆然として呟いた。

「そ、そんな……。温羅が復活しました……」


 鏡太朗は起き上がりながら、魔物の女性に話しかけた。

「俺たちが力になるから、何が起こっているか教えて」

「あなたはさっき私をかばってくれましたね。ありがとうございます。皆さんの強さは理解しました。お願いです! 私に力を貸して下さい!」

 魔物の女性は、鏡太朗とまふゆとナツに事の次第を語り始めた。


「私は魔界に住む仙果族という魔物で桃花(とうか)という名です。仙果族は古来より桃の栽培をしていました」

「え? 魔界にも桃があるの?」

 驚く鏡太朗に桃花が言った。

「桃の原産地は魔界なのですよ。魔物の中には、桃特有の霊力を吸収すると、一個食べれば一年間、百個食べれば百年間歳をとらなくなる種族もいるので、桃は神聖で特別な果物とされています。桃は、古来からの人間と魔物の交流の中で人間界にも伝えられたのです」

 ナツが呟いた。

「人間界では、なぜか桃が不老長寿をもたらすと言い伝えられていた。そんな効果なんてあるはずないのに。魔物に対する効能の話が、桃と一緒に伝わったということか?」


「今から二千百年ほど前のことです。ある朝、魔界の仙果族の村に百体の鬼が集団で侵入し、四十六体の子どもたちをさらっていったのです。鬼という魔物は、身長が七尺前後、上半身は人間に似た屈強な体格で、皮膚の色は赤、脚は人間界の馬の後脚に似ていますが、蹄はなく、足には鋭い爪がある五本の指が生えていて、凄いスピードで地面を駆け抜けて手の爪で他の魔物を引き裂き、肉体と魂を食らうのです。頭の上には何本もの角が生え、耳は尖り、瞳が小さなギョロリとした両目と鋭い牙を持っています。鬼たちが子どもをさらう光景を目撃した大人たちは殴られて気を失い、目を覚ますとすぐに、秘乞咲世李(ひこいさせり)秘乞埜巫琴(ひこのみこと)という神伝霊術の遣い手の兄妹に事の次第を伝え、兄妹は子どもたちを助けるために鬼の集団を追跡しました」

「魔界の魔物が神伝霊術を?」

 驚く鏡太朗に桃花が言った。

「魔界と人間界は、ともに唯一の絶対神によって創られた兄弟の世界とされています。そして、絶対神によって創られた数多の神々は、二つの世界を行き来して魔物と人間を導いているのです。ですから、魔界にも神伝霊術があるのですよ。私たち仙果族は魔力で発揮できる能力をあまり持っていません。そのため、一部の者が桃を司る神様の力を借りる神伝霊術を伝承し、一族を守ってきたのです。

 兄妹は半日後に鬼族に追いつきました。すると、百体いた鬼たちは子どもたちを置いて一斉に逃げ出したのです。『神伝霊術遣いよ、狙い通りだ! 村は今頃どうなっていると思う?』と叫んで高笑いしながら。

 罠に掛かったと悟った兄は先に村へ急ぎ、妹は四十六体の子どもたちを引き連れて、後から村へ向かいました。夕方に兄の秘乞咲世李(ひこいさせり)が村に到着した時には、村には誰もおらず、たわわに実っていた桃も全てなくなっており、無数の桃の種が地面に散乱していました。呆然とする秘乞咲世李(ひこいさせり)の耳に地を揺るがすような高笑いが聞こえ、秘乞咲世李(ひこいさせり)が顔を上げると、遠く離れた場所に夕日を背にした巨大な何者かの影が見えていました。

『神伝霊術遣いよ。俺は鬼族の王、温羅だ。ここにあった五千個の桃は全て俺が食った。俺は五千年の間歳をとることがなくなった。そして、この村にいた奴らも、お前がさっき見た百体の鬼どもも、一体残らず俺が全部食い尽くしたのさ』

 秘乞咲世李(ひこいさせり)は両目を見開いて唖然としました。夕日を背にした温羅のシルエットは、さっきあなた方が見た温羅の魂と同じ頭部をしており、身長が五丈以上ある筋骨隆々とした体に何本もの大きな棘が生えていたそうです。

 温羅は言いました。

『この村が全滅すると、桃の栽培をする者がいなくなる。二十年毎に桃と大人を食らいに村に来てやるよ。楽しみに待ってるんだな!』

 温羅は高笑いしながら、夕日に向かって歩いて去っていきました。秘乞咲世李(ひこいさせり)は村の者が温羅に食い尽くされたショックで呆然とし、いつまでも涙を流し続けたそうです」

 鏡太朗は泣きながら桃花の話を聞いており、まふゆも悲痛な表情をしていた。ナツが呟いた。

「身長五丈、十五メートルか……。とんでもない大きさの魔物だな」


「数か月経ち、秘乞咲世李(ひこいさせり)は絶望と悲しみを乗り越えて、温羅を倒しに行く決意をしました。一族の復讐のため、そして残された子どもたちを将来の危険から守るため。

 秘乞咲世李(ひこいさせり)は妹に子どもたちを託し、温羅の行方を追いながら旅を続け、様々な地域の様々な種族から温羅や鬼族の情報を集めました。そして、恐ろしいことがわかったのです。

 肉食の魔物である鬼族は魂を食べると魔力が増していくのです。ですから、生きている魔物や人間を食べれば食べるほど強くなっていくのです。そして、鬼族はよく共食いをします。鬼を食べた鬼は肉体も魔力も飛躍的に強力になり、大勢の鬼を食べた鬼は姿形が変異して特別な魔力を持ち、一万体以上の鬼を食べた鬼は温羅のような姿に変わって、鬼族の王となるのです。そして、鬼族の王だけが次の世代の鬼を生み出すことができるのです。鬼族の王が頭に生えている角に自分の魂の一部を分け与え、その角が抜けると、角は急速に形態を変えて新しい鬼になるのです。新しく誕生した鬼は、王の魂の中にあった記憶の断片を受け継いで大人の状態で生まれ、生まれてすぐに王の命令通りに働き始めます。角が抜けてもすぐに新しい角が生え、いつでも好きな時に好きなだけ新しい鬼を生み出すことができるのです。そして、温羅は五千年以上の命を手に入れてしまった……。

 秘乞咲世李(ひこいさせり)は魔界全体を守るためにも温羅を倒さなければならないと決意し、温羅の足取りを追い続けました。温羅は自分の食欲を満たし、魔力をさらに高めるため、魔界の各地で魔物たちを食らい続けていました。

 ある時、温羅は魔界の海辺で牛鬼という凶暴な魔物を倒して魂ごと食らった後、海にいた牛鬼の群れを襲い、逃げる牛鬼たちを食らいながら海の奥へと進んで行き、やがて人魚の国に到達しました。温羅が牛鬼たちを追って食らっている間に人魚たちは慌てて逃げ出しましたが、温羅は一体の牛鬼を追って人間界との出入口の洞窟を潜り抜け、人間界に到達したのです」

 鏡太朗は愕然として話を聞いていた。

『そ、そんな! あのとんでもなく強かった牛鬼を倒して、しかも、群れを襲って次々と食べるなんて……。温羅の強さ……、信じられない……』

「温羅は人間たちを食らいながら各地を渡り歩き、人間たちは温羅を討伐しようとしましたが、手に負える相手ではなかったようです。人間の犠牲者が飛躍的に増えただけでした。温羅はやがてこの地に到達して魔界との出入口を発見し、魔界と自由に行き来できるこの地を気に入り、この場所の地下深くに空洞をつくって内部に城塞を築き、鬼を次々と生み出して地下王国をつくり上げました。

 秘乞咲世李(ひこいさせり)はこの地でやっと温羅に追いつき、地下王国の入口の近くで見張りをしていた二百体の鬼と闘いましたが、多勢に無勢、傷だらけで退却することを余儀なくされたのです。大量に出血をして逃走した秘乞咲世李(ひこいさせり)は、やがて意識を失い、川に落ちて流されていきました」

 鏡太朗とまふゆとナツの表情には緊張が走っていた。


秘乞咲世李(ひこいさせり)が目覚めた時、粗末な神社の中で布団の上で寝ており、そばには優しそうな巫女のおばあさんと神主のおじいさんがいました。二人の話によると、おばあさんが川で洗濯をしていると、意識を失った傷だらけの秘乞咲世李(ひこいさせり)が上流から流れてきて、浅瀬で川底に引っ掛かり、おじいさんと一緒に神社へ運んで手当をしてくれたのです。それから三日経って、やっと秘乞咲世李(ひこいさせり)が意識を取り戻したのを二人はとても喜んだそうです。

 秘乞咲世李(ひこいさせり)は傷が癒えるまでその神社でお世話になり、やがて動けるようになると、二人にこれまでの経緯を語りました。神主のおじいさんは、温羅の許へ向かおうとする秘乞咲世李(ひこいさせり)を引き止め、年老いて一緒に闘うことはできないけれど、きっと助けになるであろう術を伝授すると申し出てくれました。おじいさんは、鳥獣を司る神様の力を借りる神伝霊術の伝承者だったのです。

 新たな術を遣いながら、秘乞咲世李(ひこいさせり)は大勢の鬼を倒し、地下王国で温羅を倒すことに成功しましたが、止めを刺す寸前、温羅は魔力で出現させた岩で体を覆って保護し、魔力で地下王国の空洞を崩し始めると、魂が体から抜け出して逃げていきました。その温羅の魂というのが、あなたたちが先程見た頭部だけの姿なのです。崩れていく岩盤の天井から大量の岩石が降り注ぐ中、温羅の魂は高笑いしながら秘乞(ひこい)咲世李(させり)にこう言いました。

『今の俺は魂だから、埋められても、石や土を通り抜けて自由に動くことができる。お前が生き埋めになってくたばった後で肉体に戻り、地下王国を復活させよう。人間どもも魔界のお前の一族も食らい尽くしてやるさ』

 その時、秘乞咲世李(ひこいさせり)は温羅の魂が肉体の中に戻って復活することがないように、術をかけて温羅の魂を物質化したのです。肉体に戻ることができなくなったと悟った物質化した温羅の魂は、慌てて地上まで飛んで行くと、魔界へ逃げていきました。秘乞咲世李(ひこいさせり)は生き埋めになることなく、何とか地上まで逃げることができました」


 桃花の顔が険しくなった。

秘乞咲世李(ひこいさせり)は魔界へ戻ると、物質化した温羅の魂を追跡しました。空飛ぶ頭だけの姿になった温羅の魂は、魔界の各地で魔物を襲い続けました。物質化したとは言え魂ですから、物質である肉体を食べることはなく、魂だけを食べるのです。鬼族は魂を食べると魔力が高まる種族です。温羅は魂を食べ続ける中で、体を見えなくする能力や場所に合わせて体を小さくする能力、目から金縛り光線を放射する能力、口から吐き出した液体で獲物を引き寄せる能力、光る舌で獲物の肉体を破壊する能力を身につけていきました。恐らく温羅の最終目的は、人間界の地下で眠る肉体に戻るため、物質化した己の魂を本来の魂の状態である霊体に戻すことだったのだと思います。それができるまで魔力を高め続けるつもりだったのでしょう。

 しかし、魔力を高めなくても、物質化した魂を霊体に戻す方法があるのです。それは物質化した魂を破壊すること。そうすると、物質化した魂は霊体に戻ってしまうのです。これは温羅も知らなかったはずです。

 私たち一族の中で神伝霊術を身につけた者は、村に残って村を守る者と、温羅を追跡して他の魔物たちを守る者に分かれ、代々それぞれの任務を果たしてきましたが、温羅に壊滅的なダメージを与えてしまうと、物質化した魂が霊体に戻り、肉体の中に還って復活を成し遂げる危険があるため、温羅への攻撃は堅く禁じられていました。そして、温羅の魂が人間界に向かったため、私は温羅を追って人間界に来て、温羅に狙われた人間を私の数少ない魔力由来の能力で『無の空間』と呼ばれる異空間へ飛ばし、守っていたのです」


 桃花の両手が白く光り、その両掌を合わせて前に突き出し、見えない両開きの戸を両手で開くかのように動かすと、両手の間にラグビーボール形の高さ二メートルの空間の裂け目が出現し、闇しか見えない裂け目の向こう側から気絶した生徒たちが次々と転がり出た。鏡太朗はその中に來華とさくら、さくらにおぶさったコアちゃん、河童(かわわらわ)の姿を見つけた。

「ライちゃん! さくら! コアちゃん! 河童(かわわらわ)くん!」

 空間の裂け目が消えた時、來華とさくら、コアちゃん、河童(かわわらわ)、十二人の生徒が床の上で気絶していた。

「皆さん、無事ですよ。何も存在しない無の空間に移動すると、思考が停止してしまい、無意識の状態になってしまうのです。個人差がありますが、あと数時間で皆さん目を覚ましますよ。温羅の液体を浴びたこの人たちは、人間界に戻すと温羅に引き寄せられる危険があったため、これまで無の空間にいてもらいましたが、もう今となっては無の空間に匿う必要がなくなりました。

 そして、このマントももう不要です。このマントとお面は体を見えなくするとともに、温羅の液体を浴びても操られないための特別なものなのです。そして、お面には温羅の金縛り光線を見ても術にかからない力もあり、身につけた者を災厄から守ると私の村で古くから信じられている異形の骸骨の形をしていました。ともに先祖たちが長年かけて神様の御神氣を物質化してつくったものです」

 桃花はそう言って、ボロボロになってしまったマントを脱ぎ捨てると、長身に羽織袴を身に着けている姿が現れた。丈がくるぶしまである羽織は一面に桃の花が飾られており、上が赤い花、中間部分がピンクの花、下が白い花となっていて美しいグラデーションをつくっていた。羽織の中は白衣とピンク色の袴、足には白足袋と草履を履いており、桃の花が飾られた腰帯の左側には、桃の花が無数についた長さ九十センチの枝の鞭を二本差していた。

 まふゆが羽織を見つめて感嘆の声を上げた。

「その羽織、素敵!」

「羽織を覆う桃の花は、攻撃のダメージから体を守ってくれるもので、先祖たちが御神氣を物質化して作った羽織なのです。さっきの攻撃を受けた時も、気絶はしてしまいましたが、桃の花が守ってくれたので体にダメージは受けていません。

 私の話をご理解いただけたでしょうか? 恐らく復活した温羅は、今頃大勢の鬼を生み出していることでしょう。地下王国を再興するために。その数は数百……、いや数千かもしれません」

 鏡太朗とまふゆとナツは息を吞んだ。

「数千体の凶暴な鬼なんてどうしたら……」

 呆然としている鏡太朗に、桃花は緊張した笑顔を見せた。

「先祖から伝えられている話では、温羅は鬼を生み出す時に、自分の魔力の一部を分け与えるそうです。大勢の鬼を生み出せば相当な魔力を失い、回復するまでにどれだけの時間がかかるのかはわかりませんが、少なくとも今すぐに急襲した方が温羅の力は弱まっていて倒すチャンスがあるはずです。私は今すぐ温羅を倒しに行かなければなりません。お願いします。どうか皆さんのお力をお貸しください」

 鏡太朗は桃花の顔を力強く見つめた。

「俺は行くよ。魔界との出入口を開いたのも、温羅を復活させたのも俺の責任なんだ。だから、俺は誰一人犠牲者を出さないことで、自分がしたことの責任を取る」

「客観的に戦力を考えると、俺たちも一緒に行くのが合理的だ。俺たちも行く。いいな、まふゆ」

 ナツがまふゆを見ると、まふゆは激しく動揺していた。

「あ、あたしは……」

 まふゆは、視界いっぱいに広がって迫る温羅の顔と鋭い牙だらけの大きな口、肉体を破壊する光る舌を思い出すとともに、大粒の涙を流し続けながら心の中で『死にたくない』と呟いた時の恐怖が蘇り、目に涙を浮かべて震え始めた。

「あたし……、あたし……」

 まふゆの脳裏に、冷たくなって横たわる母の遺体をナツと一緒に泣きながら揺すり続けた記憶が蘇った。額と右手に包帯を巻き、左頬にガーゼを貼って楽しそうに笑う母の笑顔が浮かんできた。

『強かったお母さんも、もっと強い魔物に殺された。あたし、今までに温羅みたいな強い魔物に出会ったことがなかった……。きっとあたしもお母さんみたいに殺される……。いやだ、死にたくない……』

 まふゆは両目を見開きながら、大粒の涙を流して震え続けた。

「あたしは……、あたしは……」

 ナツはまふゆに冷たく言い放った。

「まふゆ! 客観的に考えて、今すぐ温羅を倒さなければ、世界がメチャメチャになって数え切れない人たちが鬼に食われることになるんだ。躊躇している場合じゃない。お前も来るんだ。闘わずに世界を見捨てるというのなら、大勢の犠牲者が出てもいいというのなら、お前は最低の人間だ。人間のクズだ」

 まふゆは泣きながらしゃくり上げた。

「あたし……、あたし……」

 再びまふゆを責めようとしたナツを鏡太朗が遮り、優しい笑顔をまふゆに向けた。

「まふゆさん。俺、まふゆさんにお願いがあるんだ。俺はこれから温羅の処へ行くけど、ここで気絶している人たちが心配なんだ。俺が闘っている間にみんなの身に何かあったらって思うと、心配で、心配でたまらないんだよ。だから、まふゆさんはここに残ってみんなを守っていて欲しい。まふゆさんがみんなを守ってくれたら、俺は安心して闘いに行けるんだけど、お願いできるかな?」

 まふゆは大きく目を見開いて涙を流し続けていた。

「あたし……、あたし……」

「まふゆさん、みんなのことを頼んだよ」

 鏡太朗は優しく微笑みながら床から霹靂之(じょう)を拾うと、桃花とナツと一緒に玄関に向かった。ナツは振り返り、表情のない顔でまふゆを見ながら呟いた。

「勝手にしろ」


 鏡太朗たちの姿が見えなくなった後、まふゆはその場で泣き崩れた。廊下で燃えていたナツの術で出現した赤い炎がどんどん小さくなって消え去り、暗くなって静まり返った廊下には、まふゆの嗚咽だけがいつまでも聞こえていた。

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