5 交差する想い
ナツが灼熱之槍を魔物の顔に突き出し、魔物は右に身をかわした。
「止めだあああああああああっ!」
まふゆが魔物の背後から、魔物の首の右側を狙って氷結之薙刀を全力で横に払った。
ガシッ!
「何っ?」
驚くまふゆの前では、鏡太朗が魔物をかばって霹靂之杖で氷結之薙刀を受け止めていた。
「鏡太朗! どういうつもり?」
まふゆは、殺気に満ちた冷たい目で鏡太朗に訊いた。
「まふゆさん、消えた人たちを救い出すのが先だよ! それにこの魔物が危険な魔物かどうかわからない!」
「あたしの目的は魔物を倒すことだけよ! 邪魔はさせない!」
まふゆは身を低くしながら氷結之薙刀を横に振って鏡太朗の脛を狙ったが、鏡太朗は超高速で霹靂之杖を振って氷結之薙刀を打ち払った。
「きゃあっ!」
氷結之薙刀の柄が叩き折られて先端が回転しながら飛んで行き、壁に突き刺さった。氷結之薙刀の先端を包んでいた青白い炎が直径一メートルの範囲の壁に広がり、炎が消えると、その部分は凍りついていた。
「俺が止めを刺す!」
鏡太朗とまふゆに体を向けている魔物の背後から、ナツが渾身の力を込めて灼熱之槍を魔物の首の後ろに向けて突き出した。
ガシッ!
「何だと?」
ナツの眼前では、鏡太朗が跳び上がって霹靂之杖を振り下ろし、灼熱之槍の柄を叩き折っていた。折れた灼熱之槍の先端が天井に突き刺さり、朱色の炎は天井で直径一メートルの範囲を焦がして消えた。ナツは折れた灼熱之槍を投げ捨てると、着地した鏡太朗の首に回し蹴りを放ち、鏡太朗は吹き飛んだ。
「鏡太朗、邪魔するなあああああっ!」
ナツは血走った目で鏡太朗を睨みつけて叫び、鏡太朗は床を数メートル転がると、すぐに起き上がってナツに訴えた。
「ナツさん! もしも、その魔物がみんなを消したんだとしたら、みんなを取り戻す方法を聞き出すんだ!」
「そんなことより、俺はそいつに止めを刺すんだ! 魔物など生かしておくものか! 古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 蝉時雨之破砕!」
鏡太朗は、ナツが差し出した右掌と魔物、まふゆの位置関係を見て、目を見開いた。
『まずい! 今魔物がナツさんの攻撃を避けたら、攻撃はまふゆさんを直撃する!』
鏡太朗は慌ててまふゆの前に向かって駆け出し、両腕を広げてまふゆの前に立った。その時、ナツの右掌から放たれた蝉時雨之破砕が魔物を直撃し、魔物は激しい振動の中で両腕を広げ、声を出さずに苦しみ悶えた。鏡太朗はその魔物の姿を見て驚愕し、同時に状況を瞬時に理解した。
『避けなかった! 間違いない! この魔物は、まふゆさんをかばってわざと攻撃を受けたんだ!』
床に倒れた魔物に向かって、ナツは再び蝉時雨之破砕を放とうとした。
「だめだナツさん! その魔物は……」
倒れている魔物を跳び越えて両腕を広げた鏡太朗に蝉時雨之破砕が直撃し、鏡太朗は全身が激しく振動して激痛に襲われ、叫び声を上げた。
「うがあああああああああああああああああああああああっ!」
鏡太朗の体中から血が噴き出して服がボロボロになっていき、振動が止まった鏡太朗はその場に崩れて動かなくなった。
ナツは驚愕してその場に立ち尽くし、まふゆは呆然として呟いた。
「鏡太朗……、どうして……」
動揺しているまふゆの背後から、太い笑い声が響いた。
「わはははははーっ! お前たち、よくぞ、そいつを倒してくれた!」
「誰だ?」
まふゆが振り返ると、魔物の頭部が十メートル後方で宙に浮かんで笑っていた。その魔物はサルのような顔で、ギョロッとした目は瞳が小さく、先が尖った長い耳はキリンの耳に似た形で、耳元まで裂けた口には鋭い牙が並んでいた。頭部には様々な大きさのサイの角に似た形の角が色々な方向を向いてたくさん生えており、角の間にある髪と耳の下から顎まで生えた長い顎髭は逆立っていた。頭部だけの魔物の両目が黄色く光り輝いた。
『う、動けない!』
まふゆとナツは突然体が固まったように動けなくなった。頭部だけの魔物が口から液体の塊を吐き出し、液体はまふゆの上半身に命中して、糸を引きながら床へ落ちていった。まふゆは身動きできないまま気がついた。
『この液体はさっきの……』
頭部だけの魔物は、幅と高さがそれぞれ二メートル以上ある大きな頭部に巨大化すると、低くて太い声で笑いながら語り出した。
「わははははっ! 身動きできまい。俺が目から放つ金縛り光線を見た者は、魔物だろうが、人間だろうが、動くことができなくなるのだ。そして、俺が口から吐くその液体を浴びた者は、自分の意志とは無関係に俺に引き寄せられてくる」
まふゆがゆっくりと魔物に向かって歩き始めた。
『か、体が勝手に動いて止められない!』
「お前は俺に一歩近づく度に、恐怖と絶望をどんどん高めていく。そして、恐怖と絶望が極限に達した時、俺はお前の魂を食らうのさ。恐怖と絶望に染まって最高に刺激的な味がする魂をな。俺はこうやって魔物や人間を捕まえて、魂を食らっているのさ。
そこに倒れている魔物は、先祖代々俺を追い続け、俺が魔物や人間の魂を食らうのを邪魔してきた一族だ。そいつら一族は、俺が魔物や人間を捕らえようとして液体を吐き出すと、俺が狙った獲物を異空間に飛ばし、いつも邪魔をしやがった。
昨日、俺は人間界に来て早速人間の魂を食らおうとしたが、そいつが邪魔をして、その人間どもを全て助けやがった。本当に忌々しい奴なのさ」
『そ、そんな……。あ、あたしが息の根を止めようとしていた魔物は、みんなを守っていたっていうの? そんな……』
まふゆは動揺しなから、頭部だけの魔物に向かってゆっくりと歩き続けた。魔物は顔を歪めて笑った。
「わははは! どうだ、じわじわと確実な死に近づいていく恐怖は? お前の後で、ここにいる奴ら全員の魂を食らってやる。お前たちがそこの魔物を倒してくれたからな、そいつの魂を食らってしまえば、俺の邪魔をする奴はいなくなる。人間界にいる人間どもの魂を好きなだけ食らってやるぜ。全部お前たちのお陰だ、礼を言うぜ。
さて、俺がどうやって魂を食らうかわかるか? 魂は肉体という入れ物に閉じ込められている。だから、入れ物をバラバラに壊しちまうのさ。肉体を破壊して、中の魂を取り出して食らうのさ」
『まふゆ! ちくしょう、体が動かない!』
身動きできないナツの目の前で、まふゆは頭部だけの魔物に向かってゆっくりと近づいていった。
『に、逃げられない! 体が勝手に魔物に近づいていく!』
まふゆの目の前で頭部だけの魔物はニヤリと笑い、まふゆの目には鋭く尖った牙が並ぶ魔物の大きな口がどんどん迫ってくるように見えていた。まふゆが魔物の手前百五十センチに到達した時、魔物が開いた口から舌が七十五センチ飛び出して赤紫色の光を放った。
「わははははーっ! 俺の舌は光り輝いた時、触れたものをバラバラに粉砕する魔力が発動するのさ。人間など、触れた瞬間に血まみれになって粉々だ。お前の肉体を壊してから中の魂を食らってやる」
まふゆの表情は恐怖で凍りつき、大粒の涙が溢れた。
『あ、あたし、死んじゃう……。し、死にたくない……。死にたくないよお……』
まふゆの足はまた一歩魔物に近づいた。まふゆの顔の五十センチ先に魔物の光る舌先が迫っていた。
『い、嫌だ……。死にたくない……』
大粒の涙を流し続けるまふゆの頭に様々な記憶が蘇った。祖父の家の和室で冷たくなって横たわる母の姿。その横で座り込んで泣いている祖母の姿。体を震わせながら涙を流して言葉を絞り出した祖父。冷たくなった母の遺体を泣きながら揺すり続けた幼いナツと自分。火葬場で泣き叫んでいる幼い自分。
『お母さん、助けて……』
両目を見開いて涙を流し続けるまふゆの視界いっぱいに、頭部だけの魔物の姿が広がり、魔物の舌先がまふゆの右目まであと二センチの距離まで迫った。
『もうダメ! 死んじゃう! えっ?』
両目を見開くまふゆの目の前で、鏡太朗が横から跳び込んで、光る舌を右手でつかんでいた。鏡太朗は赤紫色の光に包まれながら、全身を襲う激痛で絶叫した。
「ぐわああああああああああああああああああああっ!」
『きょ、鏡太朗!』
まふゆとナツは呆然として鏡太朗を見つめ、頭部だけの魔物は驚愕して叫んだ。
「お前! なぜ体がバラバラにならないのだ? こんなことはあり得ぬ!」
まふゆの脳裏に來華の言葉が浮かんだ。
『誰かを守るためだったら、自分の全てを、命すら投げ出して、とんでもなく凄い力を発揮するんじゃ!』
『こ、これがひいじいちゃんが言っていたことなの?』
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 天地鳴動日輪如稲妻あああああああああっ!」
鏡太朗は口から血を吐きながら叫ぶと、頭部だけの魔物の口の中に左手で短く持った霹靂之杖の先端を突き入れ、その先端の紙垂が爆発したかのように強烈な雷を放った。
「ぎゃあああああああああああっ!」
頭部だけの魔物は絶叫しながら、口から閃光を吐いて風船のように大きく膨らみ、鏡太朗はまふゆをかばいながら魔物に背を向けた。閃光が消えた頭部だけの魔物は膨らむ前の大きさに戻ると、口から黒い煙を吐き出して床に落下し、動かなくなった。
「た、助かった……。きょ、鏡太朗! 大丈夫?」
体が動くようになったまふゆは、その場に崩れた鏡太朗に呼びかけた。
「お……俺のことより、あのマントの魔物は無事な……の?」
鏡太朗はそう言うと、そのまま気を失った。