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2 消えた生徒と残された水溜まり

 放課後、一本樹高等学校の廊下を制服姿の女子生徒三人が歩いていた。

「やっと部活終わったねー」

「これからカラオケでも行く?」

「あたし、お腹空いちゃった。書道部だって結構エネルギー使うよね。あたし、部活が終わったら、いつもお腹ペコペコ」

「じゃあ、カラオケしながら何か食べようよ」

「それ乗ったーっ! 美沙も一緒に行くでしょ?」

 二人の女子生徒は、遅れて歩いていたもう一人の女子生徒の方を振り返った。

「あれ? いない……」

 二人の後ろには誰もいなかった。

「え? 今まで一緒にいたよね? え? 何これ?」

 二人のすぐ後ろの床の上で、透明な液体が直径三十センチの水溜まりをつくっていた。

「何、この水……?」

 女子生徒の一人はしゃがみ込み、人差し指で恐る恐る水溜まりに触れて指を上げると、液体は糸を引いた。

「なんか、ネバネバしてる……」


「うぎゃあああああああっ!」

 緑色のカッパに変身した河童(かわわらわ)が空中を大きく吹き飛び、地面を数メートル転がった。仰向けで倒れた河童(かわわらわ)は苦しそうに右手で胸を押さえながら、冷や汗を流していた。

『強いだきゃ! 強過ぎるだきゃ! 今は緑のカッパに変身して、パワーもスピードも人間の時の二倍になってるのに、全く歯が立たないだきゃ!』

 雷鳴轟之(らいめいとどろきの)神社の裏庭で仰向けに倒れている河童(かわわらわ)の足元には、神主姿のもみじが鋭い目つきで立っていた。

河童(かわわらわ)、もう終わりか? 体術の稽古をつけてくれって、おめぇがあたしに頼んだんだぜ。稽古は今日一日だけで、もう終わりにするか?」

 Tシャツ姿の河童(かわわらわ)はよろよろと立ち上がった。

「まだまだ動けるだきゃ! オラがもっと強かったら、びっくり島でのピンチももっと少なかったはずだきゃ! オラはじーちゃんや、きゃー太朗、さくらさん、來華さん、魔物の子どもたち……、みんなを守るために、もっと強くなりたいだきゃ! もっと稽古をお願いするだきゃ!」

「そーこなくっちゃな。話に聞いた青く光って高速で駆けるカッパに変身してもいいんだぜ」

「誰かを守りたいっていう強い想いで心がいっぱいになった時にだけ、青く光るカッパに変身ができるから、今はできないだきゃ。でも、オラはもっと強くなるだきゃーっ!」

 河童(かわわらわ)が全速力でもみじに向かって突進しながら右の拳を放った時、河童(かわわらわ)の視界からもみじが消えていた。

「ど、どこに行っただきゃ?」

「おめぇの後ろだ」

 河童(かわわらわ)が慌てて振り返ると、すぐ後ろにもみじが立っており、もみじは河童(かわわらわ)の右肘を右掌で押さえながら右足で河童(かわわらわ)の右膝の裏を蹴り、同時に左掌を河童(かわわらわ)の顎に当てて河童(かわわらわ)を後ろ向きに倒した。

「うぎゃっ!」

 地面に背中を打ちつけた河童(かわわらわ)の顔のすぐ上には、もみじが右足に履いている雪駄の裏が静止しており、河童(かわわらわ)は冷や汗を流した。

『もみじさんが本気だったら、止めを刺されていただきゃ……』

河童(かわわらわ)、おめぇは力み過ぎだ。力むと必要がない筋肉に力が入り、それがブレーキとして働いてスピードも威力も弱くなるんだ。しかも、力むと体を流れる霊力の流れが悪くなって、動きに大量の霊力を込めて肉体を超える力を発揮することもできなくなるんだ。魔力だって霊力の一種だから同じことだ。

 それから、おめぇはすげースピードで走り回れるんだよな? そのスピードと脚力を最大限に活かせるような全体重を乗せた一撃と連続攻撃を考えることだな」

「そ、そうだきゃ……。超足で突進して金剛甲で体当たりする攻撃は、これまで有効だっただきゃ。超足を活用したオラにしかできない闘い方を確立するだきゃ!」

「それにしても、さくらも、ライちゃんも、鏡太朗も、帰りがおせーな。何やってんだ?」

「おねーちゃん、ただいまーっ!」

「もみじさん、こ、こんにちは……。稽古に遅れて本当にごめんなさいっ!」

 もみじが背後を振り返ると、制服姿のさくらと來華、深々と頭を下げている鏡太朗が裏庭に立っていた。

「鏡太朗ーっ! おめぇ、また無断で稽古に遅れやがって! もう破門だ!」

 もみじが鏡太朗を叱りつけると、來華が鏡太朗をかばうようにもみじの前に立った。

「もみじ、鏡太朗は悪くないんじゃ! 変な奴らに絡まれたんじゃ! あいつらのせいで遅くなったんじゃ!」

「変な奴ら?」

「それがね、おねーちゃん。季節の神様の力を借りる神伝霊術を遣う二年生の四時まふゆさんと双子の兄の四時ナツさんが転校してきて、まふゆさんが鏡ちゃんに決闘を申し込んだの!」

移季節(うつろうせきつ)神社の神主の曾孫だな』

「で、決闘の結果はどーなったんだ?」

「完全に俺の負けだよ。手も足も出なかった。もみじさんに稽古をつけてもらっているのに、不甲斐なくてごめんなさい」

 鏡太朗は、もみじに深々と頭を下げた。

「鏡太朗、謝ることはねーよ」

 もみじは平然として言った。

「え?」

 もみじの意外な答えを聞いた鏡太朗は、驚いてもみじを見つめた。

「強さなんてもんはな、大事なものを守る時にだけ発揮できればいーんだ! おめぇは大切なものを守る時だけ闘って、そして強くあれ! いいな?」

「は……、はい! ありがとう、もみじさん。俺、もみじさんが師匠で本当によかった」

 もみじに向けた鏡太朗の顔が笑顔で輝いた。

「おねーちゃん、まふゆさんの術って本当に凄かったんだよっ! 一番凄かったのは、雷に打たれながらエクレアを五百個食べるって術! あたし、本当にびっくりしちゃった! だって、エクレアを五百個も食べるんだよ! 凄過ぎるっ!」

「さくらが驚いたのはそっちかーいっ!」

 鏡太朗が思わずさくらにツッコミを入れ、もみじもぼそっと感想を口にした。

「……さくら、そんな術、遣う場面は一生来ねぇと思うぞ……」

「もみじ、その術は絶対まふゆの嘘じゃ!」

「ライちゃん、そうやって疑ったら、まふゆさんに失礼だよっ」

 さくらは、まふゆの言葉を疑う來華を笑顔で優しく諭した。

『人間関係ってーのは、自然な流れでお互いのことを知りながら、当人同士でつくっていくべきだと思って、さくらたちには移季節(うつろうきせつ)神社の神主の曾孫の話はしなかったんだが、この後どうなるか、もう少し様子を見るか。それにあの時、移季節(うつろうきせつ)神社の神主は……』

 もみじは鏡太朗を見つめながら、何かを回想していた。


 翌朝の一年一組の教室では、鏡太朗とさくら、來華、河童(かわわらわ)が窓際に集まり、真剣な表情で声をひそめて話をしていた。

「俺、さっき聞いたんだけど、昨日、登校時間から部活動の時間までに生徒が十二人も姿を消していたんだ。天狗族の時とは違って、休み時間や体育の着替え、音楽室や書道教室への移動、部活動の最中……、色んな場面でみんながちょっと目を離した隙に一人だけ生徒がいなくなってるんだって。消えた生徒も色んな学年とクラスの人たちらしい。そして、生徒がいなくなった場所には、ネバネバした透明な液体が残されているらしいんだ。これは絶対に魔物の仕業だよ。全部俺のせいだ」

「鏡ちゃん、お札のことはあたしのせいだよ。鏡ちゃんのせいなんかじゃあ……」

 さくらが苦しげな表情で俯いた。

「さくら、そんな話は後回しじゃ! 今はこれからどうするかを考えるんじゃ!」

「俺は絶対に犠牲者を一人も出さない! 俺は消えたみんなを助け出して、自分がしたことの責任を取るって決めたんだ」

 ドドドドドドドドドドド……。

「ん? この音は何だきゃ? 近づいて来るみたいだきゃ」

「屍鏡太朗はいるかーっ?」

 ギラギラした目をして不敵な笑みを浮かべるまふゆが、大声で叫びながら教室の入口から駆け込んで来た。まふゆに続いてナツも無表情で教室に入ってきた。

「きゃーっ! 昨日のイケメンがまた来たわーっ!」

 教室の中の大半の女子生徒は、憧れの表情でナツに熱い視線を注いだ。

「屍鏡太朗、これを読めーっ!」

 まふゆは鏡太朗にハート柄の可愛い封筒を手渡した。

「きゃーっ! あの人、今日は屍くんに手紙を渡してるーっ!」

「みんなが見てる前で凄い!」

 クラス中の生徒たちが一斉に歓声を上げた。

「まふゆ、客観的に見て、お前は屍鏡太朗にラブレターを渡したとみんなに思われてる」

 ギラギラした目で不敵な笑みを鏡太朗に向けているまふゆに、ナツが耳打ちした。

「な、何ーっ?」

 まふゆは自分に向けられた教室中の生徒の視線を感じて、顔を真っ赤にした。

「し、屍鏡太朗ーっ! よくも、またあたしに恥をかかせてくれたなーっ! 後で後悔させてやるから覚えとけよーっ! 行くよ、ナツ!」

 まふゆはプンプン怒りながら、ナツを従えて教室から出て行った。

「あれが昨日話にあった双子の二年生だきゃ?」

「鏡ちゃん、手紙の内容は? もしかして、また決闘の申し込み? まふゆさんは恐ろしい術を遣う人よ。気をつけて」

「ちょっと待って。今読んでみるから」

 鏡太朗は封筒から手紙を出して折り目を開いた。

「え? 今夜学校に忍び込んで魔物を倒すから一緒に来いだって! 今度こそ俺の実力を見極めてやるって書いてある。もしかして、魔物の話がみんなに聞こえたらマズいから、まふゆさんは手紙で伝えたのかな?」

「どうするんじゃ、鏡太朗?」

「俺は行くよ! 俺は消えたみんなを絶対に助け出すんだ!」

「鏡太朗が行くならわしも行くんじゃ!」

「あたしも行くよっ! あたしだって学校のみんなを守るんだからっ!」

「きゃー太朗、オラも一緒に行くだきゃ!」

「ありがとう! みんなが一緒だと心強いよ! みんなで力を合わせて消えた生徒を一人残らず助けよう!」

 四人の瞳には闘志が漲っていた。


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