16 信じられる仲間
温羅は楽しそうに笑うと、双頭鬼に呼びかけた。
「わははははっ! これは面白くなったぞ! そこにいる鬼よ! 王である俺の許に今すぐ来るのだ!」
双頭鬼はコアちゃんを蹴って五十メートル後方の岩盤の壁に叩きつけた後、温羅の方を振り返り、凄いスピードで温羅に向かって飛んで行った。まふゆは唖然としてその姿を見ていた。
「あいつ、翼がないのに飛んでる!」
「恐らくあなたの仲間が翼なしで飛んでいるのを見て、高まった魔力を使って同じ能力をイメージし、手に入れたのでしょう。用心のために、凍らされて動けない方々は、今のうちに無の空間へ送って避難させましょう」
「桃花さん、無の空間には鬼もいるんじゃあ……」
「大丈夫です。無の空間では誰もが意識のない状態になるので危険はありません。そして、無の空間は先祖代々一族で共用しており、時間すら存在しない無の空間には、おそらく他にも様々な魔物が意識のないまま浮遊していることでしょう。ですが、自分が送った人間や魔物に意識を集中すれば、その方だけをこの世界に戻すことができるのです」
桃花は凍って動かないグリーンマンに両手を当てて消し去った後、自分の手で無の空間へ送った戌可意兵を思い浮かべ、涙を溢れさせて嗚咽を漏らした。
『戌可意兵の弟さん……』
双頭鬼はもみじと同じ顔を温羅に向けて、温羅の前で直立していた。
「王であるこの俺の命令だ。お前の体も、魂も、こいつにくれてやる。いいな」
「ははっ! 温羅様の仰せのままに」
温羅の隣にいる最終形態の鏡太朗は、無表情のまま大勢の声で言った。
「げへへへっ……。その鬼の体をもらう前に、あそこにいる人間どもを食わせてもらうぞ。お前たちは手を出すな」
温羅は楽しそうに笑って答えた。
「好きにしろ。見物している俺を楽しませてくれよ」
鏡太朗は下半身を覆う牛の胴体のような黒い雲から生えた六本の脚を動かして、凄いスピードで桃花たちの方へ進んでいった。黒い雲の表面では無数の顔が蠢いて、口々に呪いの言葉を呟いていた。
七本の黒い雲のしっぽが長く伸びて空中をうねり、桃花、ライカ、さくら、コアちゃん、もみじ、まふゆ、ナツに一本ずつヘビのように襲いかかり、ライカがみんなに向かって叫んだ。
「気をつけるんじゃーっ! あの黒い雲に包まれたら、体も、魂も、全てを食い尽くされるんじゃあああああああっ!」
桃花は迫る黒い雲のしっぽを両手に持つ枝で切断したが、切断された黒い雲はすぐにくっき合って再び桃花を襲った。
コアちゃんはさくらを右腕で抱え、さくらの指示通りに空中を飛び回り、二本の黒い雲から逃げ続けた。
ライカは雷玉、まふゆは玄色の光線、ナツは大音量のセミの声を黒い雲のしっぽに放ったが、黒い雲で蠢く顔の悲鳴で生じた歪んだ空間が、全ての攻撃を打ち消しながらライカたちまで伸びていき、ライカたちは間一髪で歪んだ空間をかわした。
もみじは霹靂之杖を手にしたまま、流れるような足さばきで黒い雲のしっぽと歪んだ空間を避け続けた。
七人は同時に目まぐるしく動き回って黒い雲と歪んだ空間から必死に逃げ続け、温羅はその様子を満足そうに見物していた。
「わははははっ! これは見物だ! 面白い! 人間どもと魔物どもが必死に逃げ回って滑稽だぞ! わははははっ!」
「げへへへへっ……。これなら避けられるかな?」
鏡太朗は狂気に満ちた大人数の声でそう言うと、下半身と繋がっている牛の胴体の形の黒い雲の至る場所から触手のような黒い雲を三十五本出現させ、逃げ回る七人に向けて一斉に伸ばした。その黒い雲の表面では、無数の顔が呪いの言葉を呟きながら蠢いていた。
「こんな数、冗談じゃねーぞ! 古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 雷光之大波!」
もみじは駆け回りながら、右手の人差し指と中指で空中に連続する波の形を描き、両掌から雷でできた大きな波を次々と放ったが、鏡太朗の体と黒い雲の前面で蠢く顔が一斉に悲鳴を上げると、その正面の空間が歪んで伸びていき、雷の波と衝突して互いのエネルギーを打ち消し合って一緒に消え去った。
『ダメだ。こいつは温羅よりも厄介な存在かもしれねぇ。こんな奴にお札を貼って悪霊を封印するなんて、ほぼ百パーセント不可能だ! このままじゃあ、みんな体も魂も食われちまう! ん? 体と魂? 体と魂……? そうか! もう、これに全てを賭けるしか方法がねぇ!
さくら、聞こえるか? おめぇに頼みがある。コアちゃんの力を借りてぇ。コアちゃんに、あたしの言う通りに動くように命令してくれ!』
もみじは地上を駆け回って六本の黒い雲をかわしながら、霹靂之杖を長さ十二センチの状態に変えて懐に入れると、さくらを抱えて降下するコアちゃんを見上げた。
コアちゃんは十二本の黒い雲に追われながら高速で地面に近づいて、さくらを地面に降ろすと急上昇し、その瞬間にもみじがコアちゃんの背中に飛びついた。十二本の黒い雲はそのままコアちゃんを追い、もみじを襲っていた六本の黒い雲は標的を変えてさくらを狙い、さくらは必死に地面を駆け回って黒い雲から逃げ始めた。
「コアちゃん、今すぐ最高速で飛ぶことはできるか?」
「最高速に達するには、もっと加速が必要だ」
「急いで最高速で飛べるように加速してくれ!」
コアちゃんはもみじを背中に乗せたまま、洞窟の中を大きく旋回して加速していった。
『これしか手はねぇ! マッハ3で鏡太朗にぎりぎりまで接近して、すり抜けざまにお札を貼るんだ! チャンスは一瞬だ。目では反応できねぇ。霊力を集中して、直観を信じるんだ! それにマッハ3で何かに触れると、あたしの体も無事じゃあ済まねぇ! 大量の霊力を右腕に込めるんだ! 絶対に失敗はできねぇ!
だが……、最終形態の鏡太朗がマッハ3のスピードに反応できたとしたら、全てがお終いだ……。だとしても、これに賭けるしか方法がねぇんだ!』
もみじのなびく髪の隣を冷汗が粒になって飛んで行った。もみじが下を見ると、鏡太朗が伸ばした黒い雲のしっぽと触手が桃花たちに迫っていた。
「コアちゃん、まだかあああああっ?」
「もう少しだあああああっ!」
さくらとライカ、桃花、まふゆ、ナツは四方八方から迫る黒い雲に逃げ場を失い、先端が広がった黒い雲に一斉に呑み込まれる寸前だった。
「コアちゃん、まだかああああああああああああああっ?」
「行くぜええええええっ! これが最高速度だああああああああああっ!」
もみじは緊張した面持ちで、激しい風圧に耐えながら左手でコアちゃんにしがみつき、右手で懐からお札を取り出した。
コアちゃんは超音速のまま鏡太朗に向かって急接近すると、鏡太朗の頭上すれすれを通過し、その瞬間、もみじはすれ違いざまに鏡太朗の額にお札を叩きつけた。
鏡太朗にお札が貼られるのと同時に、大きく広がった黒い雲は、さくらとライカ、桃花、まふゆ、ナツのすぐ目の前で静止した。
もみじはコアちゃんにしがみつきながら、長い髪をなびかせて振り返り、歓声を上げた。
「やったぜ! 大成功だあああああああああっ! うわあああああああああっ!」
もみじの右前腕の五か所から血が噴き出し、もみじは激痛で顔を歪めた。もみじは右前腕から五本の赤い糸のように血を流し、右前腕の痛みをこらえながら視線を下に向けた。
地上では、動きが止まった鏡太朗の皮膚と黒い雲で蠢く顔が一斉に悲鳴を上げ、黒い雲はどんどん鏡太朗の体の中に吸い込まれていった。
「な、何事だ? あいつに何があった?」
温羅は唖然として鏡太朗の様子を見つめた。
コアちゃんは天井高くを旋回してから、温羅に向かって超音速で下降した。もみじはコアちゃんの背中にしがみつき、激しい風圧を全身に受けながら、瞬く間に温羅の前方を浮遊する護光魔陣の隙間を抜けて、たくさんの角と逆立つ髪に覆われた温羅の頭頂部に接近し、コアちゃんが温羅の頭上を通過した瞬間に温羅の頭の上に飛び降りた。コアちゃんは眼前に迫る壁を旋回して避けようとしたが、瞬く間に壁が視界いっぱいに広がった。
「速過ぎて避けられねぇええええええっ!」
コアちゃんは凄まじい勢いで壁に激突し、岩盤の破片と一緒に地面に落下していった。
「コアちゃん! 大丈夫かああああああああああっ?」
「大丈夫じゃないのはお前だ!」
双頭鬼が飛び上がってもみじの十メートル先で滞空し、もみじと同じ形の顔が鋭い牙を見せながら怒声を上げた。
「よくも偉大なる鬼族の王、温羅様の頭を踏んで汚したな! お前は俺が引き裂いて食らってやる!」
もみじは緊張した表情で、左膝をついて身を低くした。
『こいつの相手をしている時間はねぇ! こいつはぜってーに白兵戦で来る! この位置関係で飛び道具を放ったら、あたしがそれを避けると温羅に当たるからな』
双頭鬼は雄叫びを上げながら、両手の爪を突き出してもみじに向かって飛び込んだ。双頭鬼が十分に近づいた瞬間、もみじは立ち上がって双頭鬼の両手を外に払うと、両掌を重ねて双頭鬼の胸の中央に打ち込んだ。
『膨大な霊力を込めて、ぜってーに一撃でこいつを倒すんだ! たとえ、この一撃であたしの体がぶっ壊れたってなああああああああああああああああっ!』
必死の形相で両掌を突き込むもみじの左右の肩から血が噴き出し、続けて大腿、ふくらはぎ、背中、首、顔からも血が噴き出し、もみじの白衣と袴と白足袋はどんどん血で染まっていった。骨が割れる音が響き、もみじの左肩の骨が砕けた。
「やあああああああああああああああああああああっ!」
裂帛の気合とともにもみじは両掌を貫き続け、双頭鬼は血を吐いて絶叫しながら凄まじい勢いで吹き飛ぶと、二百メートル先の壁に激突して墜落していった。
「はあっ、はあっ、あとはこいつだけだ……。古より雷を司りし天翔迅雷之命よ。その御力を宿し給え……、うっ!」
もみじが雷の神様に呼びかけながら、人差し指と中指を伸ばして右手を上げた時、温羅がもみじの胴体と左腕を右手で握って捕らえ、そのまま顔の前まで運んだ。もみじは慌てて両目をつぶった。
「わははははっ! 俺の金縛り光線の力を知っているらしいな。それならば、お前が目をつぶっている間にお前を食らってやる! 自分の体が俺の牙で噛み砕かれ、噛み切られている痛みと苦しみと恐怖と絶望の中で目を開けるがいい! それがお前の人生で最後に見る光景になる!」
温羅は大きく口を開き、鋭い牙が並ぶ口の中へもみじを放り込もうとした。
もみじは目をつぶったまま、人差し指と中指を伸ばして空中にジグザグ模様を描き、右掌を突き出した。
「一条之稲妻あああああああああああああああああああっ!」
もみじは温羅の口の中に向けて、右掌から凄まじく強大な稲妻を放射した。もみじの体中の皮膚が裂けて血が噴き出した。
『体中の組織がぶっ壊れていく! 体中の血管が破れて、血が噴き出していく! 体中が痛くて堪らねぇ! だけど……、あたしの全身が粉々に砕けたとしても、ぜってーにこいつの動きを止めるんだあああああああああああああああああっ!』
「ぎゃあああああああああああああああっ!」
温羅は苦しみ悶えながら洞窟を揺るがす悲鳴を上げ、緩んだその右手から血まみれのもみじが落下していった。
『あたしは、まふゆがさくらに語る温羅の話を現世之可我身で聞いた時、もやもやした違和感を覚えたんだ。そして、その違和感の原因にさっき気がついた。それは温羅の魂が頭だけの姿で、肉体の姿と一致していないのは不自然だってーことだ。
鬼族ってーのは共食いをして魔力を一体の鬼に集中させ、次の世代を生み出すことができる鬼に変異させるんだよな? 種族の存続のために、次の世代を生み出す特別な鬼を王に祭り上げて、皆で守ってきたんだろうな。
あたしの想像だが、次代を生み出す鬼の肉体は、新しい鬼を生み出す機能と、命を維持して魔力を集めるために、餌と魂を食らう機能に特化した身体構造に変化して、他の機能を切り捨てた頭部だけの姿になるんじゃねーか?
恐らく殺戮を好む温羅は、自分の手でたくさんの命を奪い、魂を食らうことを続けたかったんだろう。だから、その願望を叶えるために、首から下の体を魔力でつくり上げたんだ。本当の体じゃねぇから、首から下の体に攻撃しても全く効果がなかったんだ』
血まみれで落下するもみじのすぐ背後に、光る岩盤の地面が迫った。もみじが地面に叩きつけられる寸前に、コアちゃんが飛んで来てもみじを左腕で抱え、一緒に上昇した。岩盤に激突してボロボロになっているコアちゃんは、右手にお札を握っており、もみじが鏡太朗に目を向けると、鏡太朗は人の姿で地面に倒れて気絶していたが、突然体から黒い雲が滲み出て全身を包み込んだ。
コアちゃんは、苦しみ続けている温羅の頭の上まで上昇した。
「今度はおめぇの魔力を封印する番だ」
もみじが温羅の頭の上に右手でお札を貼ると、温羅の首から下の体が一瞬で消え去り、浮遊していた護光魔陣は光の粒になって弾けるように消滅した。体が消えた温羅の頭は地面に墜落し、桃花が駆け寄りながら叫んだ。
「私が温羅と双頭鬼を無の空間へ送ります!」
その時、頭部だけの姿になった温羅から、頭部だけの姿の魂が抜け出し、桃花の頭上を通過してさくらたちの方へ飛んで行った。
「魂が逃げ出しました! みなさん気をつけてください!」
振り返った桃花の視線の先では、温羅の魂がさくらに迫っていた。
「ここにいる人間と魔物の魂を食らって、魔力を高めてやるぜ!」
ライカが放った雷玉とナツが放った大音量のセミの声は、温羅の魂を通り抜けた。
「わははははっ! 今の俺は実体化していない魂! お前たちには何もできまい! しかし、魂同士は触れられる! お前らの肉体を通り抜けながら、魂を食らってやる!」
温羅の魂がさくらの体を通り抜け、さくらの体がその場に崩れた。
「あたしの魂はここよっ!」
直前で体を抜け出たさくらの魂が温羅の魂の上方に浮いていた。その時、温羅の魂の前にまふゆが飛び出した。
「絶対にお前を逃さない!」
温羅の魂はまふゆを見てニヤリと笑い、まふゆは慌てて温羅から目を逸した。
「お前は、さっき俺が体をバラバラにして魂を食らう寸前だった人間だな! 俺が怖くて、見ることもできないか?」
「お、お前の金縛り光線にやられないためだ!」
まふゆの心の中に、温羅の口に向かって体が勝手に一歩一歩近づいた時の恐怖が蘇り、体が震え出した。
「わははははっ! 震えているではないか! お前の恐怖は心地いいぞ。恐怖に満ちたお前の魂を味わわせてもらうぞ!」
まふゆの脳裏に、鏡太朗や河童、もみじ、桃花たちの姿が次々に浮かぶと、まふゆは顔を上げた。体の震えは止まっており、力強い眼差しを温羅の口に向けた。
「あたしはもう怖くない! どんなに強い奴と闘うことになったとしても、あたしには信じられる仲間がこんなにいるんだから!」
「ほざくがいい! お前の魂は、俺が今すぐ食らってやる!」
凶悪な表情で笑みを浮かべる温羅の魂は、牙だらけの口を大きく広げてまふゆに突進した。まふゆは身を低くして温羅の魂を紙一重でかわしながら、両掌を地面に当てて叫んだ。
「古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 氷樹之幹枝!」
まふゆが両手を当てた地面が白く輝き、まふゆが素早くそこを離れると、白く光る地面から氷でできた輝く木が生えて氷の幹が上に向かって伸び、幹からは次々と氷の枝が伸びて温羅の魂を包むように絡みついた。
「な、何っ? ここから出られぬ!」
「はっはっはっはーっ! 奥伝のこの術は魂だって捕まえて凍らせるって、ひいじいちゃんが言ってたのさ! どうだ、動けないだろ? あたしの勝ちだーっ!」
まふゆはギラギラした元気いっぱいの目を取り戻し、喜び溢れる顔で周りを見回した。
「ねぇ、みんな見た? あたしが温羅をやっつけたのよ! やっぱ、あたしって最強だーっ! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ……」
ギラギラした目で豪快に笑ったまふゆは、急に身を屈めて右手で腹を押さえた。
「わ、笑い過ぎて、は、腹が痛い……、息ができない……」
氷の枝に捕えられて見る見る凍りついていく温羅の魂の隣で、まふゆは涙を流しながら腹痛と呼吸困難でうずくまり、頭に再びお札を貼られた鏡太朗と隣にいるコアちゃん、さくら、女の子の姿に戻った來華は、まふゆの様子を見ると楽しそうに笑い、まふゆの近くに立っていたナツもニヤリと笑った。
「あーっ! ナツ、今笑っただろ? いつもポーカーフェイスのくせに、今笑ったよな?」
まふゆはナツを指差して嬉しそうに笑った。ナツは顔を少し赤らめると、表情を無理に険しくした。
「べ、別に、笑ってないし……」
「嘘だーっ! そんな顔してごまかそうとしても、騙されないぞーっ! はっはっはーっ! ナツが笑ったーっ!」
「だ、だから笑ってないし……」
鏡太朗とさくら、來華、コアちゃんは、まふゆとナツを見つめて微笑み、桃花はその様子を嬉しそうに眺めながら、血まみれで地面に座って左肩を押さえているもみじのそばまで歩いて来た。
「大丈夫ですか? あなたが気絶させた双頭鬼は無の空間へ送りました。温羅の魂も、今の状態だったら、きっと氷の木ごと無の空間へ送ることができるでしょう。全てみなさんのお陰です。本当にありがとうございました。
でも……、みなさんが羨ましいです。こんなに信じ合えて、助け合えて、笑い合える仲間がいるなんて。私の仲間は、子どもの頃からずっと三体の式神だけでした。今となっては……一体だけになりました……」
桃花は悲しげな表情で俯き、目に涙を浮かべた。
「あんた、何言ってんだよ!」
「え?」
桃花は思わず顔を上げた。
「あんただって、あたしたちの大切な仲間なんだよ! 想いを一つにして一緒に闘ったのに、寂しいことを言わねーでくれよ。あたしは、あんたのことを心から信頼できる大切な、とても大切な仲間だって、心の底から思ってるぜ。これからだってずっとな。頼むからさ、あんたも、あたしと同じ気持ちでいてくれねぇか?」
「は……、はい!」
桃花は頬を赤くして目から涙を零すと、嬉しそうに笑った。
もみじは桃花に優しく微笑むと、まふゆとナツの姿を眺めながら、移季節神社の老神主の言葉を思い返した。
『十一年前、ナツとまふゆは母を失ってから変わってしまった。小さい頃、あんなに明るかったナツは笑わなくなり、感情を表に出すことがなくなってしまった。まふゆはいつも無理して大声で笑って虚勢を張り、自分の心の中の不安や悲しみ、寂しさをごまかすようになってしまった。二人とも、心を開いて信じられる友達ができたことは一度もない。
もみじちゃんが言っていた鏡太朗くんに会ったら……、その時には二人が変わることができるんじゃないかって……、そんなことを期待しているのだよ』
もみじは、額にお札を貼ったまま笑う鏡太朗を見つめた。
『あたしはあなたの話を聞いた時、まふゆとナツがこいつと関わることで、あなたが期待していた通りの結果になるに違いねーって、確信してましたよ。さくらだって、ライちゃんだって、そしてあたしだって、こいつと関わることで変わることができたんですから』
もみじは鏡太朗を見ながら微笑んでいたが、突然不安そうに表情を曇らせた。
「それにしても、鏡太朗のお札……、随分と黒ずんでいたな。十万体の悪霊の呪いの力はそれほど強力なのか……。間違いねぇ、あのお札……、近いうちに必ずボロボロに崩れちまう。一体どうしたらいい?」
もみじは不安いっぱいの気持ちで、鏡太朗の額に貼られているお札を睨んだ。




