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15 最悪の展開

 まふゆとナツ、申可意兵(さるかいべ)が闘っていたまふゆの姿の鬼は、二つに束ねた髪を触手のように長く伸ばしてまふゆの両足首に巻きつけ、倒れたまふゆを引き寄せた。まふゆの姿の鬼の後頭部が二つに割れると、そこには縦に開いた大きな牙だらけの口があり、まふゆと同じ顔が口元を歪めながら叫んだ。

「まず、おまえから噛み砕いて食ってやる!」

 悲鳴を上げて地面を引きずられるまふゆに桃花が駆け寄り、二本の枝で触手のような髪を払った時、第二形態の鏡太朗が伸ばした右手の指が桃花の背中に迫った。

「桃花! 危ねぇ!」

 申可意兵(さるかいべ)が叫びながら桃花を押し飛ばし、鏡太朗の指は申可意兵(さるかいべ)の背中から胸を貫通し、申可意兵(さるかいべ)は呻き声を上げてその場に崩れた。

申可意兵(さるかいべ)さん!」

 申可意兵(さるかいべ)の隣に座り込んだ桃花にまふゆの姿の鬼が襲いかかり、もみじが駆け寄って、断末魔のような叫び声を上げながらまふゆの姿の鬼の脇腹を右掌で打つと、もみじの右前腕から血が噴き出し、まふゆの姿の鬼は苦しみながら十メートル吹き飛んで、まふゆとナツがそれを追った。もみじは第二形態の鏡太朗を振り返って睨んだ。

『あいつを止めねぇと、どれだけ犠牲者が出るかわからねぇ! 最終形態に変身するまでの間、あたしがあいつを食い止める!』

 もみじは鏡太朗に向かって駆け出した。


 桃花が泣きながら申可意兵(さるかいべ)に呼びかけた。

申可意兵(さるかいべ)さん! しっかりして! 今すぐ実体化を解いて、霊力の塊に戻って休んでください!」

「お、俺は最後まで闘うぞ……。俺は絶対に桃花を守り抜いて、桃花の願いを叶えるんだ……」

「私の願い……?」

「い、言ってただろ? お前の夢は、温羅から全ての命を守ることだって……。お、俺が命に替えてでも、絶対に叶えてやるぜ。だから、俺は最後まで闘う……」

申可意兵(さるかいべ)さんが犠牲になったら、私の願いは叶いません! 私はあなたの命だって守りたいのです! だから絶対に死なないでください! 私の願いを壊さないでください! 私には、お友達はもう申可意兵(さるかいべ)さんしかいないのです。私を一人ぼっちにしないでください! ずっとそばにいてください! 温羅を倒した後の私の毎日を、悲しい日々にしないでください! 私のために生きてください! お願いします!」

 桃花が泣き叫びながら伝えた想いが申可意兵(さるかいべ)の胸に響き、申可意兵(さるかいべ)は穏やかな表情を浮かべると、大粒の涙を流し続ける桃花の顔をじっと見つめた。

「桃花……。わかったよ……。絶対にお前を一人にはしねぇ。一生お前に付き合うぜ」

 桃花は涙を流しながら、体がどんどん透き通っていく申可意兵(さるかいべ)に笑いかけた。

申可意兵(さるかいべ)さん。私があなたを頼りにしているところ……。あなたがとても熱くて優しい心を持っているところです」

「考えるまで、随分時間がかかったな……」

 申可意兵(さるかいべ)が優しく微笑んで消えた後には、団子が一個転がっていた。


 温羅は第二形態の鏡太朗に熱光線と棘を次々と放ったが、鏡太朗が口から闇の炎を吐き出すと、闇の炎に当たった熱光線と棘は燃え尽きていった。闇の炎を突き抜けて伸びた鏡太朗の十本の指が何度も温羅の体を貫通したが、温羅の体に開いた穴はすぐに再生していった。温羅の背後から次々と岩が飛んで来たが、鏡太朗は駆け回って避けていた。

「面白い! お前は面白いぞ! お前のような強くて面白い奴は初めて見た。俺はお前を気に入ったぞ!」

「うひひひ……。もうすぐお前を食らってやるぞ。うひひひ……」

「おめぇら、ちょっと待てぇーっ!」

 鏡太朗と温羅が声の方に顔を向けると、もみじが岩が積み重なって崩れた小山の上に立っており、その直後に鏡太朗の前に飛び降りた。

「温羅、こいつと差しで勝負がしてぇんだ。悪りぃが、ちょっと黙って見物しててくれねーか?」

「差しで勝負だと? 面白い。俺はこいつの闘いをもっと見てみたいと思っていたところだ。よかろう! 俺は見物して楽しませてもらうぞ」

「うひひひ……。俺たちと差しで勝負だと? まずお前を食らってやる!」

 伸びてきた鏡太朗の指をかわしたもみじは、地面に転がる龍雷が伸びた霹靂之(へきれきの)大麻(おおぬさ)に駆け寄った。

「鏡太朗の奴、また新しい術を……。古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! この霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)に宿りし御力(みちから)を解き放ち給え! 霹靂之(じょう)!」

 もみじは霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)(じょう)にして構えた。


 うつ伏せで倒れているもみじの姿の鬼の斜め上方で、火車が言った。

「今のうちにお前の生命エネルギーを燃やし尽くさせてもらうよ」

 火車が左右の前足から火の玉を放つと、もみじの姿の鬼の両脚と両腕の側面から昆虫のような長い脚が服を突き破って無数に生え、その脚で地面を歩き回って火の玉を避けた。

「な、何じゃ?」

 ライカが愕然として見つめる先では、もみじの姿の鬼の背中の服を突き破って、目玉が飛び出た深海魚のような大きな頭が飛び出していた。深海魚のような頭は、まふゆとナツと交戦中のまふゆの姿の鬼の頭上まで首を伸ばし、大きく広がった口でまふゆの姿の鬼を一口で呑み込むと、首を縮めてもみじの姿の鬼の背中に消えていった。まふゆたちは異様過ぎるその光景を見て、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 やがて、昆虫のような脚で地面に立つうつ伏せのもみじの姿の鬼は、全身から紫色の光を放ち、まふゆが玄色の光線、ナツが大音量のセミの声を放ったが、紫色の光が壁のように攻撃を防いだ。

 桃花は強張った表情でまふゆとナツに言った。

「鬼族が新しい形態に変異している間は、あの光のバリアに守られていて攻撃が効かないのです。鬼族は共食いをして魔力を高めていきます。あれだけ強い鬼同士が共食いをしたのですから、恐らく、とんでもない強さの鬼に変異するはずです」

 桃花たちは強い緊張と不安を覚えながら、紫色の光を見つめた。


 第二形態の鏡太朗は次々と手指を伸ばしてもみじを攻撃したが、もみじは流れるような足さばきで全ての指をかわし、鏡太朗が口から闇の炎を吐き出すと、もみじは地面を駆け回ってそれを避け、もみじを追って放射され続ける闇の炎からは、岩盤の壁を走って逃れた。鏡太朗は、壁を駆けるもみじを追って一緒に壁を走りながら、指先で突きの連打を行い、もみじは霹靂之(じょう)でそれを払い続けた。もみじは一瞬の隙を突いて鏡太朗の首を霹靂之(じょう)で打った。

「うひひひ……。そんな攻撃はこの闇の体には効かねぇな」

「これならどおおおおだあああああああああっ!」

 もみじは両手の甲から血を噴き出しながら霹靂之(じょう)を振り抜き、鏡太朗は強烈に地面に叩きつけられて呻き声を上げた。もみじは霹靂之(じょう)を振りかぶりながら、鏡太朗に向かって飛び降りた。

「だあああああああああああああああああっ!」

 地面に倒れている鏡太朗の両手の十本の指が伸びて、降下してくるもみじに下から迫り、もみじは霹靂之(じょう)で指を受け、そのまま指の側面を滑らせながら鏡太朗に向かって落下していったが、鏡太朗はもみじ目がけて口から闇の炎を吐き出した。

「だああああああああああああああっ!」

 もみじは鏡太朗の指を両足で蹴って横に跳んで闇の炎をかわすと、地面を転がりながら着地して立ち上がった。鏡太朗が凄いスピードでもみじに接近して左右の指先で連打すると、もみじは流れるような足さばきでそれをかわし、至近距離から吐き出された闇の炎は大きく跳んでかわした。

『こいつが最終形態に変身するまで仲間を傷つけねぇように、こいつの相手をして時間を稼ぐんだ! しかし、こいつ、めちゃめちゃ速くて強いじゃねーか! 気を抜くとやられる! 少しでもダメージを与えられれば……。術を試してみるか!』

「古より雷を司りし天翔(あまかける)迅雷之命(じんらいのみこと)よ! この霹靂之大麻(へきれきのおおぬさ)に宿りし御力(みちから)を解き放ち給え!」 

 もみじが構えた霹靂之(じょう)の先の紙垂(しで)が一斉に逆立ち、その周囲に小さな雷が何本も走った。鏡太朗が闇の炎を吐き出してもみじがそれをかわすと、闇の炎の中から十本の指が伸びてもみじを襲った。

「あたしは絶対に……、みんなを守るんだあああああああああああああああっ!」

 もみじの両ふくらはぎから血が噴き出し、もみじは河童の超速と同等のスピードで駆け出して指を避けると、一瞬で鏡太朗の懐に跳び込み、霹靂之(じょう)紙垂(しで)の側を鏡太朗の腹に突き刺して叫んだ。

天地鳴動(てんちめいどう)日輪如(にちりんのごとき)稲妻(いなずま)あああああああっ!」

 紙垂(しで)から爆発するように雷が放たれて、鏡太朗の全身を駆け巡った。

「うひひひ……。こんな雷、この闇の体には効かねぇなぁ」

「これならどーだあああああああああっ!」

 もみじが右のくるぶしから血を噴き出しながら、必死の形相で霹靂之(じょう)の端を右足で蹴り込むと、雷を放つ先端が鏡太朗の闇でできた体に深く突き刺さり、闇の体の内部で雷が駆け巡っている様子が透けて見え、鏡太朗は苦悶の表情で叫び声を上げた。

「ぎゃあああああああああああっ!」

「体の内側なら雷が効くんじゃねーか? もう一回お見舞いするぜええええっ!」

 その時、もみじに向かって一メートル四方の岩が次々に飛んで来て、もみじは霹靂之(じょう)を引き抜いて鏡太朗から遠ざかり、岩から逃れた。

 鏡太朗は苦しそうに温羅を見上げた。

「どういうつもりだ? なぜ俺たちを助けた?」

「俺はお前が気に入ったのさ。どうだ、俺とつるまないか? お前と一緒だったら、今までよりも面白く暴れられる。俺と一緒に人間界で人間を食いまくろうぜ」

「な、何だと……」

 もみじは想定外の状況に、茫然として立ち尽くしていた。


 桃花たちの目の前で輝く紫色の光が消えた時、そこには一体の異様な姿の鬼が立っていた。

 その鬼は衣服を纏っておらず、全身の皮膚の色は青紫色だった。屈強な人間の男性のような分厚い胴体は前面と背面の両側が胸と腹になっており、大きな肩からは前側と後ろ側の両方に腕が生えて、脚の付け根からは前と後ろの両側に人間の脚と同じ形状の脚が生えており、腕と脚はそれぞれ合計四本あった。太い首の右側にはもみじの頭部が前を向いて生え、左側にはまふゆの頭部が後ろを向いて生えており、全ての手と足の指には刃物のような長い爪が生えていた。

「ははははっ! さっきよりも遥かに魔力が増して満ち溢れているぞ! 俺の名前は双頭鬼に決めたぜ!」

 青紫色のもみじの顔が凶悪そうな表情でそう言うと、双頭鬼は一瞬でナツとまふゆの間に移動して前側の手でナツを、後ろ側の手でまふゆを切り裂こうとし、ナツとまふゆが槍と薙刀でそれを受けると、槍と薙刀は真っ二つに切断された。

 桃花が前進して枝で攻撃しようとした瞬間、薄ら笑いを浮かべるもみじの顔がすでに目の前まで接近しており、桃花は右足で蹴り飛ばされ、間髪入れずに掌から放たれた雷を背中で受けると、羽織を覆う桃の花の花弁が輝きながら宙を舞った。

「飛べ、三日月(きょう)―っ!」

 ライカが双頭鬼のまふゆの顔を狙って、雷に覆われた三日月(きょう)を飛ばすと、まふゆの顔の側の手指から玄色の光線が放たれ、三日月(きょう)は凍りついて地面に落下し、弾けるたくさんの雷に変わって消え去った。

 双頭鬼は火車が放った火の玉を避けながら、もみじの顔の側の掌が放った雷を火車に命中させると、すぐに体を反転させてまふゆの顔の側の手指から玄色の光線を放ち、雷で悶絶した火車はそのまま凍りついて地面に落下した。

「火車ねーちゃん!」

 まふゆが玄色の光線、ナツが大音量のセミの声を放つと、双頭鬼は左右の掌でそれらを防いだ。

「なんだと! あの掌には攻撃が効かない!」

「コアちゃん! あの鬼を竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)でボッコボッコにしちゃって!」

「さくらの命令だ! コアちゃん様があの鬼をボコボコにしてやるぜえええええっ!」

 コアちゃんは両手で竹節鋼鞭(ちくせつこうべん)を構えながら、低空を飛んで双頭鬼に迫った。


 温羅を見上げて第二形態の鏡太朗が言った。

「面白そうな話だが、無理だな。俺たちはもうすぐこの世から消えちまうのさ。人間の体は脆くて、俺たちの強力過ぎる呪いの力に耐えられるのはあと四分ちょっとだ。俺たちは何かに取り憑いていないと、強力過ぎる呪いの力で俺たち自身が消滅しちまう。こいつの体が呪いの力で消滅した後、すぐに俺たちも崩れて消えていくのさ。

 だから、最後にここにいる人間どもと、俺たちがずっと食いたいと思っていたこいつの体と魂を食らって全てを終わらせるのさ。俺たちはかつて忌々しい水晶玉に封印されていた。その時に呪われた大地が俺たちに語りかけ、色々なことを教えてくれたのさ」

「ならば、そいつの体と魂を食った後、あそこにいる鬼に取り憑くといい。人間よりも遥かに強靭な体だ。人間よりも長い間この世にいられるはずだ。あの鬼の体がお前の呪いの力に耐えられないのであれば、俺がお前の仮の体となる鬼を次々と生み出し、お前の呪いの力に耐えられる強力な魔物を必ず探し出してやる。これならどうだ?」

『こ、こいつら、何を言ってるんだ……?』

 もみじは目を剥いて、冷や汗を流していた。

「そいつは興味深い話だな。しかし、俺たちはお前の手下にはならないぞ」

「わはははっ! 俺はお前と一緒に人間と魔物の命を奪いながら食らい続け、楽しみたいのさ。これ以上ないくらいに面白そうだからな。俺とお前は、対等な関係のいわば同盟だ」

 その時、鏡太朗の闇の体が広がり、闇のオーラに包まれた最終形態の鏡太朗が姿を現した。鏡太朗の姿は灰色の肌、真っ白な髪と目に変わっており、全身の皮膚の表面では夥しい数の大小様々な大きさの青白い顔が心霊写真のように蠢いて、呪いの言葉を口にしていた。

「死にたいくらい悲しい……、みんな道連れにしてやる……」

「許せない……、幸せな奴らはみんな呪ってやる……」

「あいつも、こいつも呪ってやる……、呪い殺してやる……」

 鏡太朗は温羅を見上げながら、大勢の人間が喋る狂気に満ちた声で言った。

「同盟成立だ」

 鏡太朗の下半身から黒い雲が滲み出ると、黒い雲は鏡太朗の下半身を覆って牛の胴体とカニのような六本の脚、宙を彷徨うヘビのような七本のしっぽに変形した。その黒い雲の表面では、大小様々な青白い顔が蠢きながら口々に呪いの言葉を呟いていた。

「げへへへっ……。この間食らった魔物の姿を真似させてもらったぞ。今すぐあそこにいる人間どもを食らってやる」


『な、何てことだ……。これは最悪の展開じゃねぇか!』

 もみじは現実とは思えない悪夢のような状況に戦慄し、じりじりと後退りをすると、やがて桃花たちの方へ駆け出した。

『どうしたらいい? まさか、こんなことになるなんて……。こうなったらリリィを召喚して……。いや、絶対にダメだ! 温羅のとんでもねぇ魔力をあいつが奪ったら、悪魔がすぐにでもこの世界を地獄に変えるかもしれねぇ! それに、あいつがブチ切れちまったら、みんなの命が危ねえ! ちくしょう! どうしたらいいんだ?』

 もみじは世界の終わりの到来を予感し、大きな絶望感に襲われていた。

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