14 ぶっ壊れていく体
温羅の前では、第一形態の鏡太朗が龍雷を頭上でぐるぐると振り回していた。温羅の胴体に生えた顔からは熱光線が、全身からは棘が次々と発射されたが、鏡太朗は地面を駆け回って熱光線を避け、飛んで来る棘は龍雷で払い、龍雷が当たった棘は折れ曲がって遠くへ吹き飛び、地面や天井、壁に先端が当たって爆発していった。
爆風が広がって岩盤の破片が飛び散る中、温羅の鋭い爪が並ぶ右足のつま先の蹴りが鏡太朗に迫った。
「だああああああああああああああっ!」
鏡太朗が渾身の力で龍雷を振り下ろすと、当たった温羅の右足首が切断された。
「わはははははっ! そんなもの痛くも痒くもないぞ!」
温羅の新しい右足はすぐに生え、切断された右足は飛び上がって鏡太朗の顎を踵で蹴り上げ、鏡太朗は二十メートル吹き飛んで地面に倒れ、続けて飛んで来た熱光線を地面を転がって避けると、すぐに立ち上がった。鏡太朗は飛んで来た二本の棘を霹靂之大麻を手放して左右の手でつかみ、温羅の脇腹と腰の顔に同時に投げつけると、二つの顔は爆発で吹き飛んだ。
「わはははははっ! 俺にはどんなダメージも与えることはできぬのだ!」
笑い声を上げる温羅の破損した部位は、すぐに赤い繊維に覆われて元通りに再生し、温羅の切り離された右足は鋭い爪で鏡太朗を狙って宙を飛び回った。鏡太朗は温羅の右足をかわしながら霹靂之大麻を手に取り、龍雷を振って飛んでいる温羅の右足に巻きつけた。
「だあああああああああっ!」
鏡太朗が全力で龍雷を振り下ろして地面に叩きつけると、温羅の右足は粉々に砕け散った。
その時、温羅が両腕を水平に上げると、温羅の背後の城塞から一メートル四方の岩の塊が次々と剥がれ、凄いスピードで鏡太朗に向かって飛んで来た。鏡太朗は飛んで来る何十個もの岩を走り回って避けたが、護光魔陣に逃げ道を塞がれた瞬間、一個の岩が背中に命中し、呻き声を上げて地面に倒れた。その直後、鏡太朗は立て続けに無数の岩に衝突されて絶叫した。
「ぐわああああああああああああっ!」
飛んで来た無数の岩は、浮遊する八枚の護光魔陣の手前で小山のように積み重なり、鏡太朗は下敷きになった。
「わははははっ! 俺は魔力で土砂を岩盤に変えて空洞や城塞、地上と地下を繋ぐ通路をつくることもできれば、岩を自由に飛ばすこともできるのだ! さあ、早く出て来い! もっと俺を楽しませて見ろ!」
岩の小山が崩れると、その中から全身が傷だらけで青い血を流す第一形態の鏡太朗が姿を現したが、その表情は激痛に耐えているようだった。鏡太朗の右前腕と拳には龍雷が何重にも巻かれ、柄の部分は龍雷が巻きつけられて右前腕に固定されていた。
「わははははっ! 相当なダメージを負ったようだな。すぐにお前を食らって全てを終わらせてやる!」
「はあ? 勘違いするんじゃねぇ! お前の攻撃なんて大したことないぜ! 俺が苦しいのは、この巻きつけた龍雷から俺の体に雷が流れ続けるのが耐え難いのさ!」
鏡太朗は苦しげに笑いながら、龍雷が巻かれた拳を顔の前に掲げると、振り返って護光魔陣に右拳を叩き込んだ。護光魔陣はガラスのように割れて破片が地面に落下した。
「何っ? どんな攻撃も防ぐ俺の護光魔陣を殴っただけで破壊しただと?」
「こんなもん簡単に叩き割れるぜ!」
鏡太朗は跳び上がると、高い位置に浮遊していた護光魔陣を右の拳で三枚叩き割った。
「ふっ、やはり、お前は面白い! 面白いぞ! ますますお前を食らいたくなったぞ! まずはお前に穴を開けてやる!」
温羅の右胸の顔が熱光線を発射し、鏡太朗は左手で背後に隠し持っていた護光魔陣の破片で熱光線を受けると、熱光線は跳ね返されて温羅の頭部へ伸びて行った。温羅が上体を反らしながら右前腕で熱光線を受けると、熱光線は右前腕を貫通して背後の城塞を貫いた。
「おのれ! ん? どこへ行った?」
温羅が岩の小山が崩れた場所に視線を戻すと、そこには鏡太朗の姿がなかった。
「こっちだ!」
温羅が振り返ると、鏡太朗は温羅の頭頂の高さにある城塞の窓に左手でつかまっており、城塞の壁を蹴って温羅に向かって飛び込んだ。
「さっき、お前は頭をかばったな! 頭は再生できないんじゃねーのか?」
温羅は飛び込んで来る鏡太朗に右の拳を放ち、鏡太朗は龍雷を巻いた右拳でそれを受けると、温羅の右腕に飛び乗って駆け登って行った。
「おのれええええええええっ!」
温羅は右腕の上を駆ける鏡太朗を目がけて、口から透明な液体の塊を吐き出したが、鏡太朗は跳び上がってそれをかわし、温羅の右肩に着地して右膝をつくと、身を低くしながら右前腕に巻いていた龍雷を解き、右横に振りかぶった。
「頭と胴体を切り離したら、再生はできねぇんじゃねーのかーっ? だあああああああああああああっ!」
鏡太朗が両手で柄をつかみ、渾身の力を込めて龍雷を水平に振ると、龍雷は温羅の首を一瞬で切断した。
「おのれえええええええええええええっ!」
怒声を発する温羅の顔を一目見た瞬間、鏡太朗の動きが止まった。温羅の両目は黄色く輝いており、鏡太朗は両目を見開いて身動きができないまま地面に落下して行った。
『しまった……。温羅の金縛り光線を見ちまった。体が動かねぇ』
鏡太朗は固まって動けない状態で、顔から地面に激突した。
桃花は二本の枝でナツの姿の鬼に猛攻を仕掛けていたが、ナツの姿の鬼は簡単にそれをかわしており、もみじは桃花に加勢するためにナツの姿の鬼に向かって駆けていた。もみじの頭に、突然考えが閃いた。
『そうだ、霊力だ! 奴のスピードを術で捉えるのは難しい。膨大な霊力を込めた打撃で白兵戦をするしかねぇ! 鴉天狗との空中戦で、霊力で体を動かす感覚はつかめた! しかし、とてつもなく膨大な量の霊力を打撃に込めるにはどうしたらいい?』
もみじの脳裏に、移季節神社の老神主の言葉と、自分が老神主に言った言葉が思い出された。
『自分の体の限界を超える量の霊力を扱えば、体が大きなダメージを受けてしまうんだ。……自分にとって危険な量の霊力を扱わないように、無意識にブレーキをかけてしまうんだ』
『そいつは想いが爆発するととんでもねー力を発揮する奴で……』
もみじの頭に鏡太朗の姿が浮かんだ。
『そうだ! 強烈な想いだ! 想いを爆発させるんだ、あいつのように! あいつは今自分の命を懸けて闘っている。ここにいるみんなや、地上の人々を守るためなら、平気で命を投げ出すつもりだ。あいつだけを犠牲にしていいのか? あいつが命を懸けてこいつらを食い止めようとしてんのに、あたしは命を懸けねぇでいいのか?』
もみじは気迫が溢れる燃え上がるような目で、力強く踏み込んだ。
「いい訳があるかああああああああああああああっ!」
もみじは叫びながら凄いスピードでナツの姿の鬼の懐に跳び込み、鬼の胸の中心に右の掌を叩き込んだ。もみじの右手の甲の血管と皮膚が破けて血が噴き出した。
『霊力が強烈過ぎて、体が耐えられねぇ! しかし、挫ける訳にはいかねぇんだ! 今のあたしは、体をぶっ壊しながら闘うしかねぇんだああああああああああああああっ!』
もみじは必死の形相で掌を貫き続け、首からも血が噴き出した。ナツの姿の鬼は苦悶の表情で血を吐きながら、十メートル後方へ吹き飛んで右膝をついた。
「古より桃の木を司りし丕神乃美之命よ! その御力を宿し給え! 桃花之箒星!」
桃花の羽織を覆う桃の花が輝き、桃花は長い光の尾を引きながら一瞬でもみじの姿の鬼の正面に移動すると、左右の手に持つ枝を斜めに振り下ろそうとしたが、ナツの姿の鬼は立ち上がって前に一歩踏み出すと、紫色に光る左右の手で桃花の左右の手首をつかんで枝の攻撃を防いだ。ナツの姿の鬼が笑みを浮かべて両手に力を入れると、桃花は手首の痛みで呻き声を上げ、両手に持っていた枝を手放した。
「はははは! 今すぐお前を食らってやるぞ!」
そう叫んだナツの姿の鬼の腹部から、服を突き破って無数の角が生えた狼のような鬼の頭部が出現し、尖った牙が並ぶ口を大きく開いて桃花の喉笛目がけて首が長く伸びた。
「だあああああああああああああああっ!」
もみじが右足首から血を噴き出しながら、狼のような鬼の頭部に右足の裏を叩き込み、鬼の頭部は苦悶の表情で桃花から大きく逸れた。鬼の手の力が緩んだ瞬間、桃花は鬼の両手首をつかみ返した。
「あなたにも無の空間へ行ってもらいます!」
桃花がそう叫んだ直後、ナツの姿の鬼は跡形もなく消え去った。
温羅の切断された首から頭に向かって無数の赤い繊維が伸びると、温羅の姿は元通りになった。
「まさか、ここまで俺に迫るとはな! わははははっ! 面白い! 面白いぞ! 本当にお前は面白い奴だ! しかし、もう動けまい。今すぐ止めを刺してやる!」
温羅の腰から生えている顔が熱光線を発射した時、鏡太朗の体は直径二メートルの闇の塊に包まれて熱光線は闇の塊を貫いた。
「な、何だ?」
驚く温羅の前で闇の塊が凝縮すると、第二形態に変身した鏡太朗が姿を現した。闇でできた炎のような体からは、細くて黒い煙のようなものが無数に立ち上り、頭部には赤く光る丸い両目と三日月のような形の牙だらけの口があった。
「お前は変身ができるのか?」
「うひひひ……。俺たちはさっきまでの奴とは違うのさ。今は俺たち十万体の悪霊がこの体も、心も支配しているのさ。俺たちはここにいる全員を食らってやる! お前も、あそこにいる人間も、魔物も、全ての奴をな!」
第二形態の鏡太朗の左手の指が長く伸びて温羅の腹を貫き、伸びた右手の指は護光魔陣を突き破って、さくらの眼前に迫ったもみじの姿の鬼の背中に刺さって胴体を貫通し、もみじの姿の鬼は絶叫して血を流しながら地面に倒れた。さくらに駆け寄っていたもみじは目を見開いて振り返った。
「あいつ、第二形態になりやがった!」
第二形態の鏡太朗は、両手の指を元通りに縮めながら不気味に嗤った。
「うひひひ……。俺たちが食らうまで死ぬんじゃないぞ。うひひひ……」




