10 ハイタッチ!
ナツと申可意兵が重鬼と闘っている間、赤く輝く炎が広がる地面の上では鋼鬼が河童に向かって溶鋼を次々と吐き、河童は青く光る足で素早く駆けながら避け続けていた。赤い炎に覆われた地面には、溶鋼が雨上がりの水溜まりのようにあちこちに広がっており、燃え上がるような熱気を放っていた。
『足元の高熱で溶けた鋼を避けながら攻撃をかわすのが精一杯で、反撃や接近のチャンスがないだきゃ! オラがもう少し、もう少し早く動ければ……』
河童の頭にもみじの言葉が思い出された。
『河童、おめぇは力み過ぎだ。力むと必要がない筋肉に力が入り、それがブレーキとして働いてスピードも威力も弱くなるんだ』
『そ、そうだきゃ! 脱力するだきゃ!』
河童は二メートル四方の金剛甲壁を出すと、その背後でストレッチや脱力動作をした。飛んで来た溶鋼は金剛甲壁に命中し、熱気を放出しながら金剛甲壁を伝って地面に広がっていった。河童が金剛甲壁の横から恐る恐る鋼鬼の様子を見た瞬間、溶鋼が飛んで来た。
「ははははっ! 青い魔物よ! その壁から少しでも体を出した瞬間に、溶鋼の餌食にしてやる! ははははっ!」
金剛甲壁の向こう側から、鋼鬼の高笑いが響いた。
『狙われてるだきゃ! 飛び出すと、溶けた鋼が飛んで来るだきゃ。でも、素早く上に高く跳び上がることは想定していないと思うだきゃ。水流砲で一気に高く跳び上がって、そのまま水流砲で攻撃して隙をつくって突進するだきゃ! これに賭けるしかないだきゃ!』
「水流砲!」
河童は地面に水流砲を放ち、瞬く間に高さ十五メートルまで跳び上がった。しかし、河童を狙って溶鋼が飛んで来た。
『読まれただきゃ! 空中じゃあ避けられないだきゃ! 直撃を受けるだきゃあああああああっ!』
河童の目前に迫った溶鋼が玄色の光に包まれたかと思うと、氷で覆われて垂直に落下した。
「何が起こっただきゃ?」
河童が地面を見ると、赤く輝く炎の中に息を切らしたまふゆが立っていた。
「まふゆさんだきゃ? ど、どうやってここまで降りて来ただきゃ?」
まふゆは目の前に着地した河童に言った。
「十メートルごとに穴の壁に氷の足場をつくりながら、少しずつ飛び降りたのよ! さあ、こいつを倒すわよ! 古より時節の移ろいを司る青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 氷柱之槍!」
まふゆは胸の前で両前腕を交差させ、続けて突き出した左右の掌から玄色の光を放射し、鋼鬼の手前五メートルの地面に二メートル四方の氷塊を出現させ、氷塊から鋼鬼に向かって十本のつららが伸びた。
「止めだーっ! 今度はお前を凍らせてやる! 古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 凍結之玄光!」
まふゆは人差し指と中指を伸ばした両手を顔の前で交差し、右の人差し指と中指を鋼鬼に向けると、指先から発射された玄色の光線が鋼鬼の胸に命中し、鋼鬼の全身に広がって包み込んだ。
「そ、そんな……」
まふゆが呆然として見つめる先では、鋼鬼の全身の鱗が鋼色に変わっており、十本のつららは鋼の鱗に当たって砕け、鋼鬼は凍ることなく薄笑いを浮かべていた。
「お前は神伝霊術遣いの人間か? 俺の鋼の体には、どんな攻撃も通用しないのだ! お前も一緒に溶鋼で燃え上がるがいい!」
「古より時節の移ろいを司りし青朱白玄之尊よ! その御力を宿し給え! 凍結之玄光!」
まふゆの右の人差し指と中指から発射された玄色の光線が溶鋼を包み、光線に包まれた溶鋼は氷に覆われて固まり、地面に落下した。
『こいつには、あたしの術ではダメージを与えられない……。でも、あたしだってみんなと一緒に闘うんだ! 絶対に、こいつと温羅を倒して、魔物から全ての人の命を守るんだ! 誰一人として、お母さんのような目には遭わせない! あたしのような辛い想いは、絶対に誰にもさせない!』
まふゆの目は強い決意で燃えたぎっていた。
再び鋼鬼が吐き出した溶鋼を、まふゆが玄色の光線で凍らせた。
『今だきゃ! 脱力しながら……、超足!』
河童は全身をだらんとしてリラックスさせた直後、鋼鬼に向かって超高速で突進した。
『速いだきゃ! 無駄な力を抜くだけでこんなに速いだきゃ!』
河童の接近に気づいた鋼鬼が河童に向かって口を開いたが、河童はそのまま鋼鬼に向かって真っ直ぐ突進し、鋼鬼の口から放たれた眩しい光と灼熱の熱気を放つ溶鋼が、河童の視界いっぱいに広がった。
「金剛甲壁!」
河童は鋼鬼の顔目がけて背中から体当たりで飛び込み、河童の背中の前には二メートル四方の金剛甲壁が空中で出現した。
「がああああああああああああああっ!」
全身の鱗を鋼色に変えた鋼鬼の上半身に金剛甲壁が当たり、鋼鬼は金剛甲壁に跳ね返された溶鋼を全身に浴びながら地面に倒れ、体中から煙を上げて苦しみもがいた。
「水流砲!」
河童は金剛甲壁を消し去りながら地面に水流砲を放って高く飛び上がり、そのまま掌を鋼鬼に向けて水流を当てると、鋼鬼にかかっている溶鋼に水が当たって大量の水蒸気が一気に立ち上った。鋼鬼の右側に回り込んだまふゆが玄色の光線を放つと、水蒸気が空気中で凍ってキラキラと輝く中に、全身を鋼で覆われて氷漬けになった鋼鬼の姿があった。鋼鬼の口の中も固まった鋼で塞がれていた。
『う、動けぬ!』
「やっただきゃあああああっ! オラたち、この鬼を倒しただきゃあああああ!」
着地した河童はまふゆに近づいて、右の掌を高く掲げた。河童の右手を見たまふゆは、喜びと自信に満ちた眼差しで笑顔を見せた後、右手で河童の右手に力強くタッチした。
「そうよ! あたしたち、やったのよ!」
「戌可意兵の弟さん。あなたは実体化を解いて霊力の塊に戻ってください。あなたまで失う訳にはいきません」
「嫌だ! 僕はこの鬼から桃花様を守るんだああああああっ!」
戌可意兵の弟は溶鬼に向かって突進した。息絶えている兄の左側で、弟は涙を流しながら牙と両前足の爪を白く光らせた。
「戌可意兵の弟さん! 古より桃の木を司りし丕神乃美之命よ! その御力を宿し給え! 桃花之箒星!」
桃花の羽織を覆う桃の花が輝き、桃花は羽織から長い光の尾を引きながら、戌可意兵を追い抜いて一瞬で溶鬼まで接近し、すれ違いざまに二本の枝で溶鬼の胴体を両肩から両脇腹へX字形に切断した。しかし、溶鬼は楽しそうに笑っていた。
「へへへ……、何度やっても無駄だ。俺の体はいくら切っても元に戻れるのさ。な、何っ?」
戌可意兵の弟が、両前足の光る爪で溶鬼の右腕を地面に叩きつけて押さえ、光る牙で手に噛りついていた。慌てた溶鬼は右腕を液体に変えたが、戌可意兵の弟はその水溜まりを飲んでいった。溶鬼は残る三つのパーツを合体させると、溶けるように変化して元通りに近い姿に戻ったが、その体は瘦せ細っており、怒りの表情で大声を出した。
「お前ーっ! よくも俺の体の一部を食らってくれたな! お前の腹を引き裂いて取り返してやる!」
戌可意兵の弟はオドオドしながら俯いて言った。
「ぼ、僕は……気が弱くて、いつも……いつも兄ちゃんに頼ってばかりだった」
戌可意兵の弟は顔を上げると、涙が溢れる目で溶鬼を真正面から見据え、大声で叫んだ。
「だけど、今の僕は兄ちゃんの想いを受け継ぐって決めたんだ! 僕は絶対に桃花様を守ってみせる! 僕たち戌可意兵には、噛み砕いて呑み込んだ魔物の体をお腹の中で破壊する力があるんだ! お腹の中に入れた魔物の体は僕の霊力で包み込んでいるから、逃げ出すことはできない! お前の体を少しずつ僕のお腹の中で破壊してやる!」
「戌可意兵の弟さん……」
桃花は、力強く溶鬼と対峙する戌可意兵の弟を驚きの表情で見つめていた。
溶鬼が再び怒声を発した。
「俺の体を腹の中で破壊するだと? それなら、食われた体の一部とはお前の腹の中で合体して、お前を腹の中からバラバラにしてやる!」
溶鬼の全身が液体の塊に変わり、そこから水柱が伸びて戌可意兵の口の中に飛び込んでいった。
「戌可意兵の弟さん!」
桃花が水柱に駆け寄って枝で水柱を切断したが、液体の塊から右腕が飛び出して桃花を押し飛ばし、桃花は五メートル先の地面に倒れた。
上体を起こした桃花は、目の前の光景を目にして唖然とした。戌可意兵の弟の口に向かって太い水柱がどんどん侵入しており、戌可意兵の腹が大きく膨れていた。最後に水柱の末端が膨らんで溶鬼の顔になると、凶悪そうな笑いを浮かべた。
「へへへ……。さあ、これからお前の腹の中で固体化して、お前の体を内側から突き破ってバラバラにしてやる! へへへ……」
目を見開いて凍りついたように動けない桃花の目の前で、全ての液体が戌可意兵の体内に消えた。戌可意兵の大きく膨らんだ腹が掌や足、角の形に大きく盛り上がり続け、戌可意兵の弟は苦しみ悶えながら絶叫した。
「戌可意兵の弟さん!」
「……桃花様……、僕の狙い通り、うっ! ……お、鬼をお腹に……、ぐおっ! ……閉じ込めたよ。この鬼は強力過ぎて、僕の霊力ではお腹の中で破壊することはできない……。もうすぐ、この鬼は僕をバラバラにして出てくる。だから、僕もろとも鬼を無の空間へ飛ばして……、ううっ!」
「戌可意兵の弟さん! そ、そんなことできません。そんなことをしたら、あなたを二度と元の世界に戻す訳にはいかなくなってしまいます!」
桃花は泣きながら戌可意兵の弟に叫んだ。戌可意兵の弟は激痛に耐えながら、涙を流して微笑んだ。
「それでいいんだ。他に方法はないんだよ。ううっ! も、もう限界だよ! 今すぐ鬼が僕の体を突き破る!」
戌可意兵の腹を突き破って五本の指と爪が飛び出した。桃花は絶叫しながら、戌可意兵の両頬に両手で触れた。
「わああああああああああああああああああっ!」
大粒の涙を散らして泣き叫ぶ桃花の目前で、戌可意兵の弟は涙で濡れた優しい笑顔を浮かべて無の空間へ消え去った。
「わああああああああああああああああああっ!」
地面に伏して号泣する桃花の声が洞窟に響いた。
百メートル下の地面へ落下していく鏡太朗は、目を開いたまま意識を失っていた。
『リュウライノシデ』
鏡太朗の頭の中に男女二人が声を合わせた言葉が響き、鏡太朗は意識を取り戻した。
『今の声はあの時の! 雷の神様?』
『リュウライノシデ』
再び鏡太朗の頭に声が聞こえ、鏡太朗の目はどんどん見開かれていった。
「そういうことか! 古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 龍雷之紙垂!」
鏡太朗は霹靂之杖を両手で握り締めて叫んだ。霹靂之杖が長さ四十五センチの霹靂之大麻に戻ると、先端にある全ての紙垂が一斉に逆立って黄色い光を放ち、その一本一本が雷に変化した。
鏡太朗が地面まで二十メートルの高さに迫った時、霹靂之大麻を振りかぶると、紙垂が変化した雷が縒り合わさりながら伸びていき、長さ六メートルの一本の縄のような形状の雷になった。
「龍雷よ! 地面を打てえええええっ!」
鏡太朗が三メートル下まで迫った地面に向かって霹靂之大麻を振り下ろすと、雷の縄が地面を打って岩盤を砕き、その衝撃で落下が止まった鏡太朗は後方に飛び降りた。
「龍雷よ! 旋鬼を捕らえよおおおおおっ!」
鏡太朗が霹靂之大麻を前方に向けると、雷の縄が旋鬼に向かって伸びていった。
「無駄よぉ。あたしのつむじ風の体には、どんな攻撃も効かないのよ!」
旋鬼は自信たっぷりの表情で再び全身をつむじ風に変化させたが、雷の縄がつむじ風にグルグルと巻きついた。
「動けない! あたしのつむじ風の体が捕らえられた! どういうことなの?」
「空中を龍のようにうねりながら俺の指示通りに動く雷の縄『龍雷』は、物質にも物質以外のものにも作用するんだ。天井から落下している俺に、雷の神様が使い方の映像を見せてくれたんだ。龍雷よ! つむじ風に止めの雷!」
つむじ風に巻きついた龍雷が内側に向けて雷を放ち、つむじ風の中を雷が駆け巡った。
「ぎゃあああああああああああっ!」
旋鬼の絶叫が響き、つむじ風は旋鬼に姿を変えると、意識を失ってうつ伏せに倒れた。
「ライちゃん!」
鏡太朗は振り返りながら來華に呼びかけ、霹靂之大麻を投げ出して來華に駆け寄ると、両膝を地面について首に指を当てた。
「まだ生きている! でも、どうしたらいいんだ? このままじゃあライちゃんが……」
「鏡ちゃああああああん!」
「さくら?」
鏡太朗はさくらの声が響いた洞窟の天井を見上げた瞬間、目を大きく見開き、その目に涙が溢れた。
鏡太朗の視線の先では、戦闘モードに変身したコアちゃんが、天井にある縦穴の入口から降下しており、その背中にはさくらがしがみついていた。そして、コアちゃんの右腕には女性の姿の火車、左腕には青年の顔のグリーンマンが抱えられていた。
「まふゆさんから話を聞いて、びっくり島までマッハで飛んで助っ人を連れてきたよーっ」
「グリーンマンさん、ライちゃんを助けてええええええええええっ!」
鏡太朗は力の限り叫び、さくらと火車は、血まみれで倒れている來華を目にした瞬間に愕然とした。
鏡太朗とさくらと火車が心配そうに見守る中、グリーンマンは両膝をついて、地面に横たわる來華の傷口に両掌を当てていた。グリーンマンの左胸にある大きな命花がピンク色に輝き、グリーンマンと來華の全身がピンク色の光に包まれていた。
「うっ……」
來華は一瞬ぴくりと動いて呻き声を上げ、鏡太朗たちは安堵の表情を見せた。鏡太朗たちを見上げたグリーンマンの顔は、青年の顔から中年の顔に変わっていた。
「あまりにもひどい傷で、意識を取り戻して元通りに回復するには、命花の生命エネルギーを送る時間がもっと必要だよ。本当に危なかったと思うよ。もう少し遅かったら、命はなかったことだろう……。
鏡太朗くん、さくらさんから話を聞いて、半魚人たちとカマイタチもここに来たがったんだが、子どもたちを守るために島に残ってもらったんだ。磯姫と彌助は、魂の状態だから何もできないことをとても悔しがっていたよ」
火車は目に涙を浮かべて來華の隣に座ると、優しく來華の頬を撫でた。
「ライカ、あたしはお前が心配なんだよ。お前は真っ直ぐ過ぎる性格で、大切なものを守るためだったら、平気で自分の命を投げ出して無茶なことをする。あたしは本当にお前のことを妹のように大切に思ってるんだからね」
火車の頬を涙が伝った。
「な、何だ、こいつは?」
鏡太朗たちがナツの叫び声の方に目を向けると、ナツと申可意兵の近くで倒れていた重鬼がつむじ風に吞み込まれており、間もなく重鬼の姿はつむじ風の中に消え去った。
「つむじ風! 旋鬼は?」
鏡太朗がさっきまで旋鬼が倒れていた場所に目をやると、旋鬼の姿がなかった。
「しまった! 旋鬼がまた動き出した!」
つむじ風は凄いスピードで移動し、鋼の塊の中で動けない鋼鬼を吞み込むと、鏡太朗に向かって進んでいき、つむじ風が去った後には、鋼鬼の姿が消えて鋼の塊だけが残されていた。
つむじ風は鏡太朗の手前十五メートルで静止し、紫色の光に包まれた後、薄ら笑いを浮かべる旋鬼の姿に変わった。その姿は身長三メートルに巨大化しており、胸や腹、背中など胴体のあちこちから合計十二本の腕が生えていた。その姿を見た鏡太朗の顔に、緊張が走った。
「鬼百体を食らったヤツを二体も食べちゃったわぁ。回復どころか、前よりも遥かに魔力が高まったわよぉ。さっきはよくもやってくれたわね。今度こそ、そこで死にかけている奴みたいに、穴だらけにして食べてあげるわぁ! 覚悟することね」
火車が俯いたまま立ち上がった。
「あたしの妹をこんな目に遭わせたのはお前かい?」
「妹? ああ、そうよ! あたしがそいつを串刺しにしたのよ。今度はあなたの番よ!」
火車が宙に浮かぶ炎を纏った黒猫の姿に変わり、旋鬼に向けて火の玉を連射した。旋鬼は笑いながら全身をつむじ風に変えた。
「無駄よ。物理的な攻撃はこのつむじ風の体を通り抜けて……、何っ?」
つむじ風は火の玉が当たると炎に包まれ、旋鬼の苦しみ叫ぶ声が響いた。
「あたしの火の玉は物質ではなく、生命エネルギーを燃やすのさ。体がどんな形態になったとしても、生きている限り、体には生命エネルギーが満ちてるんだよ。お前の命が尽きるまで、お前の生命エネルギーを燃やし尽くしてやるよ」
「おのれええええええええええ!」
燃え上がるつむじ風から十二本の炎を纏った細いつむじ風が飛び出し、別々の放物線を描いて火車に向かって伸びた。
「龍雷よ! つむじ風の腕を捕らえよおおおおおおおおおっ!」
鏡太朗が十二本のつむじ風に龍雷を巻きつかせ、火車の目前で十二本のつむじ風の向きを逸らした。火車はつむじ風の本体まで一気に飛び、炎に変化させた尾を長く伸ばして巻きつかせると、つむじ風を覆う炎が一段と大きく燃え上がった。
「あたしの大事な妹を傷つける奴は、絶対に許さないよ!」
「ぎゃああああああああああああっ!」
旋鬼の絶叫が洞窟に響き渡った。つむじ風は炎の中でどんどん小さくなって、やがて消え去り、火車は女性の姿に戻ると、つむじ風が消え去った場所を一瞥した。
「火車!」
火車が声の方を振り返ると、來華が目に涙を溜めて笑顔で立っていた。
「ライカ!」
火車は涙を浮かべながら笑顔で來華に駆け寄り、優しく抱き締めた。
「火車、ありがとう……。わしのために来てくれて。あいつをやっつけてくれて」
「言っただろう? あたしはいつでもお前の味方だって。頼むから、心配をかけないでおくれよ」
「火車ねーちゃん……」
來華は安心し切った笑顔を見せると、目からキラキラ輝く涙を零した。
「俺はもう二度と歩けないだろう……」
「ナツ……、そんな……」
赤く輝く炎が小さくなって消え去った地面の上で、仰向けに横たわったナツが激痛で顔を歪めながら呟き、その隣で力なく座り込んでいるまふゆが涙を溢していた。ナツは無惨にも骨が粉々に砕けてしまった自分の両脚を見下ろし、やるせない表情を浮かべて涙を零した。
「グリーンマンさん、早くこっちもお願いするだきゃ!」
二人の横に立つ青いカッパの姿の河童が、右手でステッキをつきながら歩いて近づくグリーンマンを急かせた。グリーンマンはナツの隣に右膝をつくと、両脚に両手を当てた。
「こ、こら、魔物! 勝手に触るな! 手をどけろ!」
ナツは上半身を起こしてグリーンマンの顎を右の拳で殴ったが、グリーンマンはそれを無視して胸のピンクの花を輝かせた。ナツとグリーンマンはピンクの光に包まれた。
「こら! 聞いてるのか! 俺は魔物になんて触られたくはないんだ! 俺から離れろ!」
「河童、この光は何?」
「まふゆさん、グリーンマンさんのこの光は生命エネルギーで、怪我を回復させる力があるだきゃ」
「回復? お願い、ナツの脚を治して! お願い!」
「魔物! 俺に触るんじゃないっ! ……え? い、痛みがなくなっていく……」
ナツは唖然として、グリーンマンが両手を置いている自分の両脚を見つめた。グリーンマンは、シワだらけのおじいさんになった顔に笑みを浮かべてナツを見た。
「もうしばらくじっとしてるんだ。君の脚は元通りになる」
「え?」
ナツは大人しくグリーンマンの光に包まれ続けた。
「こ、こんなことが!」
鏡太朗たちが笑顔で見守る中、驚愕の表情のナツは両脚で力強く地面に立っていた。まふゆは涙を拭ってナツに言った。
「ナツ、心配かけんなーっ! でも、よかった……」
グリーンマンはステッキをついてナツから離れて行ったが、立ち止まって振り返ると、喜ぶナツの姿を見て満足そうに微笑んだ。鏡太朗がグリーンマンに言った。
「グリーンマンさん、本当にありがとう。雷を放つから、エネルギーを吸収して若返って」
「おい、あんた!」
グリーンマンが声の方を振り返ると、ナツが慌てて目を逸しながら顔を赤らめた。
「いや……、その……、あ、ありがとう……。それに……すまなかった」
グリーンマンは目を細めて優しく笑った。
「元気になってくれて嬉しいよ」
喜ぶ鏡太朗たちから離れた場所では、桃花が地面に突っ伏して泣き続けており、申可意兵が近づいて声をかけた。
「桃花、立てよ。今は泣いてる場合じゃねぇ。こうしている間にも温羅は新しい鬼を生み出しているかもしれねぇんだ。さあ、立て!」
桃花は地面に伏したまま叫んだ。
「そんなことはわかっています! わかっているけど、悲しくて、悲しくてたまらないんです! 涙が止まらないんです!」
「甘えるんじゃねぇ! さっさと立ち上がって闘うんだ!」
「あ、あなたには、友達を失って悲しむ感情というものがないのですか?」
桃花は泣きながら申可意兵を睨み、叫び声を上げた。
「さ……、申可意兵さん……?」
目を見開いた桃花の目に映ったのは、大粒の涙を流しながら悲しみに耐えている申可意兵の表情だった。
「お前の願いは、温羅から全ての命を守ることなんじゃねーのかよ? 俺にお前の願いを一緒に叶えさせてくれよ! 酉野郎と戌野郎だってそれを望んでいるってことが、お前にはわからねぇのかよ? 俺には、あいつらの想いが痛ぇほどわかるんだよ! 頼むから、あいつらの想いを無駄にしないでくれよ……」
桃花は俯いて立ち上がると、涙を拭った。
「あなたの言う通りです。ありがとうございます、申可意兵さん。一緒に私の願いを叶えてくれますか?」
「あったりめーよ! 温羅のせいで、あいつらとは二度と会えねぇんだ。絶対にあいつらの仇を打つぜ!」
涙を拭った桃花の目には力が漲っていた。
「おりゃあああああああっ!」
洞窟に重い衝撃音と振動が響いた。申可意兵が岩盤の壁にある高さ三十メートルの両開きの城門に体当たりをしたが、城門の扉はびくともしなかった。
「もう一丁いくぜ! おりゃあああああああっ!」
申可意兵は城門に体当たりを繰り返し、その様子を見ていた鏡太朗は、青年の姿に若返ったグリーンマンに真剣な表情を向けた。
「グリーンマンさん、お願いがあるんだ。グリーンマンさんはここに残って」
「鏡太朗くん、何を言うんだい? 温羅を今倒さなければ、島にいる子どもたちにも近いうちに危険が及ぶだろう。私はあの子たちのためにも、君たちと一緒に温羅と闘うよ」
「温羅の手下の鬼たちでさえ、とんでもない強さだった。もっと強い温羅と闘ったら、きっと俺たちは無事では済まない。でも、グリーンマンさんさえ無事だったら、誰かが重症を負ったとしても回復させてもらえる。だけど、グリーンマンさんに何かがあったら、誰かが死ぬことになるかもしれない……。
俺、怖いんだ。誰かの命が失われるかもしれないって考えただけで、震えるくらい怖いんだよ。だから、誰一人死なずに済むように、グリーンマンさんはここで待機してみんなを助けて欲しい。グリーンマンさんは俺たちの希望なんだ。頼むよ。お願いだよ」
「鏡ちゃんの言う通りだよ! グリーンマンさん、お願い!」
「わしはグリーンマンに何度も命を救われたんじゃ。グリーンマンがいなかったら、わしは今頃生きてはいないんじゃ。誰かが死んで、あの時グリーンマンさえいてくれたらって、後で悔やむことになったら、それはあまりにも辛いんじゃ。グリーンマンだって同じ思いはしたくないじゃろ?」
鏡太朗とさくら、來華は、グリーンマンに思いを真摯に伝えた。
「……わかったよ。危なくなったら、必ず私のところへ戻って来て欲しい」
「ありがとう、グリーンマンさん!」
安堵の表情で微笑んだ鏡太朗の背後で、申可意兵の体当たりが城門を大きく開け放ち、桃花が皆に声をかけた。
「それでは行きましょう」
「よっしゃーっ! 暴れまくってやるぜーっ! 酉野郎と戌野郎の敵打ちだ! 見てろよ、温羅ーっ!」
緊張の表情の桃花と鼻息が荒い申可意兵を先頭に、一同はグリーンマンを残して、開け放たれた城門の向こう側へ進んで行った。鏡太朗は霹靂之杖を持ち、ライカと火車は戦闘モードに変身しており、ナツとまふゆはそれぞれ灼熱之槍と氷結之薙刀を手にしていた。さくらは戦闘モードのコアちゃんと並んで歩き、皆に続いた。




