第四章 【追跡者と裏切りの刃】
-リアナ視点-
リアナは気配に敏感だった。
遠くから森に入り込んだ者の呼吸――そして武器の匂いまでも、風が運んでくる。
「……ティアル、今日は外に出ないでね」
まだ幼い竜の子ティアルは、リアナの言葉に従ってうなずく。
彼の存在は、魔族を滅ぼそうとする帝都にとって“生存証明”であり、“危険因子”でもある。
絶滅したとされる種族の証明が、戦争を招くこともあるのだ。
リアナは一人で森を巡回しはじめた。
歌の力を使わない。魔法も極力使わない。
ただ、気配を断ち、目を凝らして“敵”の足跡を探す。そこへ、一人の少女が現れた。
「……リアナ、久しぶり」
その声に、リアナの表情が凍る。
それは、牢獄時代の仲間――メリルだった。
薄い桃色がかった銀髪に、優しい瞳を持つ、凛とした少女、優しげな笑み。
だが、その背後に複数の兵が控えていた。
「なぜ……」
「ごめん。でも……帝都を裏切るわけにはいかなかった」
裏切り。
だがリアナは、その言葉をすぐには受け止めなかった。
「……そう。わたしを捕まえに来たの?」
「違うの。あなたを、“助けるため”に来たの。ねぇ、帰ろう。帝都に」
その瞳には本当に涙が浮かんでいた。
だが、その背後の兵士たちは、冷たい意志を持っていた。
リアナは小さく笑った。
「わたし、こう言う時、いつも決めてる言葉があるの」
メリルが目を見開く。
「“きっとなんとかする”。――だから、大丈夫。あなたを傷つけずに、逃げてみせる」
その瞬間、リアナの身体が光を纏い、地面からふわりと浮かび上がった。
次の瞬間には、森の奥深くへとその姿を消していた。
-クロヴィス視点-
「……消えた?」
兵士たちから報告を受け、クロヴィスの眉が僅かに動いた。
瞬間移動。しかも、探知魔法にすらかからない。
“普通の囚人”が持ち得る力ではない。
「やはり……あの夜の女だ」
確信はまだ持てなかった。
だが、彼の記憶に残る“声”と“光”は、今の情報と一致する。
彼は密かに自らも森へと赴くことを決意した。
だが、まだ知らなかった。
その森で待つのは、歌と竜、そして己の記憶の断片だったことを。
-ティアル視点-
ティアルは震えていた。
森が、ざわついていた。
母のような存在であるリアナが、危険を感じていることが伝わってくる。
自分は無力だ。
まだ翼も小さく、炎も吐けない。
だが――
「リアナ……」
その名を、彼は初めて声にした。
それは小さな、小さな声。
でも、それは魔力を持った森の風に乗って、遠くへと届いた。
―To Be Continued―
追い詰められるリアナ。
迫るクロヴィス。
裏切りと信念の狭間で揺れる仲間たち。
そして、竜の子は成長の兆しを見せはじめる。
彼らが再び出会うとき、
忘れられた記憶が、ゆっくりと蘇りはじめる――。