特別編:ティレル隊 【凍る忠義と揺れる信念 】
― 帝都・軍中央作戦区画 ティレル隊専用戦略室 ―
帝都の一角にある作戦区画の地下。
魔力対策として築かれた分厚い壁の向こう、沈黙の中にひとつの気配が揺れていた。
「……“竜の子”の件、保留とは……どういうことだ」
アデル・クラウス副隊長が低く呟いた。
会議卓の前には、ティレル隊の隊長、ユリナ・ティレルが立っている。
その瞳は、静かに、しかし確実に揺れていた。
「命令は変わった。陛下の“直接指揮”だと通達された。――ならば、それに従うまでだ」
「ですが、隊長……あれは、たしかにおかしい。帝王自身が、処分命令を下したと通達が来ていたはず――」
「……アデル」
ユリナの声が割って入る。
「お前は気づいていたはずだ。“誰かが”、帝王の名を使って、勝手に命令を偽装していることに」
アデルが目を見開く。
「それは……あの時の命令か? 森で、少女と竜を容赦なく討てと下された、あの不自然な通達……」
彼はあの日を思い出していた。
――燃える森の中、リアナが自ら名乗り出たその瞬間。
敵意でも憎しみでもなく、「きっとなんとかする」と微笑んだ、あの姿を。
「俺は……疑っていたんです。だけど、“命令”の下に生きてきた身として、それを否定する勇気がなかった」
ユリナは、少しだけ優しい目をした。
「私も同じだ。私は軍人である前に、“ティレル”の名に縛られた娘だった。だが、今は違う」
「違う……?」
「私たちは、“命令”よりも、“真実”を信じたい」
沈黙が落ちる。
やがて、アデルが拳を固めた。
「ならば……俺も、信じてみたい。リアナ・エルフィネアという少女が、なぜ“敵”ではないのか」
ユリナは小さくうなずいた。
「いずれ、帝国は大きく揺れる。……その時、私たちの選択が問われるだろう」
扉の外、遠くで鐘が鳴った。
帝都が、運命の刻限へと近づいていた――。
-ティレル隊の「忠義」と「変化」の狭間-
ティレル隊は、帝国軍の中でももっとも“忠義”を重んじる部隊。
とくに副隊長アデルにとって、命令は“絶対”であり、家族を失った過去から「魔族」「異能」への憎しみは強く根を張っていた。
しかし、リアナという少女の「在り方」に触れたことで、彼の信念が初めて揺らいだ。
それは、力を恐れられる異能者ではなく、
「誰かの命を守るために、自らを危険に晒す少女」の姿だった。
ユリナ隊長もまた、“帝国への忠誠”と“己の良心”の間で葛藤してきた人物。
けれど今、彼女ははっきりと選び取ろうとしている。
「命令に従うことが、正義とは限らない」
「私は、真実を見極めたい」
――ティレル隊は、これから重要な選択の場面を迎える。その時、彼らがどんな判断を下すのかは、今この“揺らぎ”の始まりにこそ、鍵がある。