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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

グランゴルド王国三部作

処刑するのを惜しまれた男


「惜しい男が二人いる」

王弟と王妃の醜聞の影で蠢いていた国家簒奪の企み。後始末に当たったのは表向きは騎士団、裏側は暗部。表向きの尋問の最中、ほとんどの者が処刑される前提の裏取りでどうしても惜しい男がいた。


「お前がそんな風に言うのは余程の男だな」

暗部の長と騎士団長は幼馴染だった。

「暗部が引き取ってくれないかと思ってな」

騎士団長が憂いを含む眼差しを向ける。


「そう思わせる何かがあったのか?」

騎士団長は情に脆い。暗部の長は慎重にならざるを得なかった。


「例の自白剤を使っただろう?」

「ああ、効果の割に副作用がないあの薬だろう?」

「あれは一部の意志の強いものには効かない事を知っているか?」


 暗部の長は二の句が継げなかった。

「騎士団で試したことがある。一人か二人だが、嘘がつけたと名乗り出た者がいた」

「そんな報告を読んだことがあるが、まさか……暗部の者ならまだしも、過酷な訓練を経験した騎士だからこそだと考えていたが……」


「あの二人、相当な目にあったのかも知れん」

「分かった。早速会いに行こう」


 騎士団長に案内されて、二人の男に面会した暗部の長は男の顔を見るなり怒鳴りつけた。

「お前はこんなところで何をしているんだ!もっと足掻けよ!何真面目に死のうとしてるんだ!愚か者めが!」


 騎士団長は怒髪天を衝いた暗部の長を初めて見て、目を丸くした。驚きすぎて何と言っていいか分からない。


「すまない。こいつは暗部の唐変木だ。例の家の娘に取り入るのに派遣された。あの女の好みがコイツだったから仕方なく行かせたが、何をやっとるんだお前は!」

暗部の長は唐変木と呼ばれた男の頭を叩いた。


「流れで」

唐変木がボソッと答えて、暗部の長はさらに拳骨を頭に落とした。


「騒がせてすまない。俺の直属だ。他の者は知らない」

暗部の長は騎士団長に頭を下げた。


「暗部の者だったなら納得だ。裏取りができなかったのも仕方ない」

「申し訳ありません」

唐変木は頭を下げた。


「ではこっちの男も暗部の者なのか?」

「いえ、彼は違います」

唐変木が答えた。


「では、過酷な目にあった、とかか?」

騎士団長が唐変木に聞いた。

「ご推察の通りです。彼はあの家の嫡男となるべき人物。前妻の遺児です」


「なるほど」

「彼は今回の件には無関係です」

唐変木は暗部の長を見た。


「皆まで言うな。なぜお前がこんなところにいたのか理解した。自分が居れば俺が出てくると思ったんだろう?遠回しなやつだ」

暗部の長は全員に別室に移るよう言った。途中、通りかかった侍女にアレクサンドラを呼ぶように伝えた。


 アレクサンドラ・グランゴルドハイム。この王国の王女。五歳の彼女は見た目にそぐわぬ才覚の持ち主。そして暗部の長が仕える相手だった。


「それで?」

アリーはソーニャを伴って部屋に入った。可愛らしい女の子から発せられた冷たい言葉に、緊張感が高まった。


「暗部でこの男たちを預かりたく、アリー様のご裁定を」

「ソーニャ、あのお嬢さんたちをお連れして」

アリーの後ろに控えていたソーニャは軽くお辞儀をして部屋から出ていった。部屋の中を沈黙が包みこむ。


 ソーニャは二人の女性を伴って戻ってきた。

「セリナ!」

「カーシャ!」

二人の男はそれまでの冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。


 二組の男女は立場も忘れて抱きしめ合った。涙を流して労り合う。

「なるほど。恋愛とはこういうものなのね」


 五歳のアリーがボソリと言った。ハッとした二組は離れて、慌てて涙を拭う。二組の男女は揃って跪いた。


 ソーニャは幼な子に言い聞かせるような声で話し始めた。

「トーマス、ローガン、貴方たちはセリナとカーシャを守ったと思っているのでしょうね。二人は娼館に売られるところでした」


 二人は俯いていた顔をもの凄い速さで上げて、ソーニャを見た。


「アリー様が娼館に手を回していなければ、二人は今頃どうなっていたか分かりません。彼女たちは貴方たちが病に倒れ、金が必要だと言われて娼館へ。貴方たちが、男の矜持か何か知りませんが、全てを墓に持っていこうとする影で、泣く者がいるのです」


 トーマスとローガンは二人を人質に取られていると思わされていた。脅し文句を真に受けて例の家のために動いていたらしい。


「まあいいわ。貴方たちは私が貰うわ。騎士団も暗部も良いわね?とりあえず四人とも儚くなってちょうだい」


 アリーの一言で震え上がった四人だったが、一ヶ月後には隣国で商人になっていた。新しく戸籍が作られ、別人として商会を立ち上げた。


 仕入れが良心的で、新しい物をどんどん作り出すその商会は、瞬く間に大きくなった。ソーニャが隠し持っていたアリーの大叔父が書き残した発明品の数々。形になったかつての恋人の発明品を見たソーニャの目は潤んでいた。


 隣国の王族との関係は良好だった。新しい物は必ず王妃に紹介してから売り出し、税金もふんだんに納める。優良企業の鑑のような商会だった。


 資金はアリーの個人資産から出ていた。商会が王族と懇意になるにつれ、情報を得る。投資を上回る成果だった。


「アリー様、その節はありがとうございました」

ソーニャがカーシャから受け取った手紙をポケットから出し、宛名がアリーに見えるように胸に抱えて見せながら言った。


「貴方の姪だったんですって?」

「はい。私の家は没落してしまいましたが、市井に逃れた妹の忘れ形見だったんです」


「そう。貴方にはお祖父様夫婦が無体な事を」

「いたみいります」

「綺麗なものを見せてくれたお礼よ。それに、私はああいう善良な者たちが幸せに暮らせる国作りを目指せば良いのね?」


「アリー様に出会えたことが私の幸せでございます」

「貴方が愛した大叔父様はどんなお方だったの?」


「純粋で善良なお方でした」

「そう。それをお祖父様とお祖母様が踏み躙ったのね」

「もう、過ぎたことです」

「お母様も素直に貴方の教育を受けたら良かったでしょうに。貴方ほどの淑女はいないと聞いたわ」


「受け手の器もございますから」

「私はお眼鏡にかなったのかしら?」

「この上なく。年齢を鑑みず、全力を注いでしまう程に」


「まだまだ学ぶことはあるのでしょう?」

「はい。生涯楽しめます。優先順位はございますが」


「楽しみだわ」

アリーは年相応の笑顔でソーニャを見た。

ソーニャは貴族の微笑みで応えた。


「そういえば、あの医者が作った記憶を消すという薬はどうだったの?」

「ほとんどの者は問題なく、新たな養育先へ旅立ちました」

「一部の者は療養が必要なのかしら」

「はい」

「そう」


 ソーニャは公的には処刑されたことになっている三歳以上十五歳未満の子どもたちのリストを見た。年齢が高い者ほど良い結果が出なかった。結果を知った医者は毎晩酒を煽って泣き伏した。


 子どもたちを思ってか、理想通りの結果が出なかった悔しさか。ソーニャがあの時元婚約者に飲まされたのもこの類のものだったのかもしれない。医者の年齢からして、あり得ることだ。


 子は産めなかったが、アリーという、中と外が不均衡な女の子を教育している。亡き恋人の理想の国を目指して。



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