1話 転生と幼少期
――その世界には龍がいた。
それは精霊や悪魔などが息づく世界の中でもとびきり強大な存在だ。
かつて神々は、この世界をよりよき方向へと導くため龍に力を与えたという。
その役目はとうに終わり、龍が世界に対して何かをすることはなかった。
しかし今、龍は再び世界に介入する時を迎えていた。
龍の視線は、とある森に向いている。
その森には、一つの集落があった。
龍が注目しているのは、集落に生まれた一人の赤子。
龍の眼力は、赤子の内に眠る無限の可能性を見ていた。
『無事に生まれてきてくれて、本当にありがとう。私の可愛い赤ちゃん……あなたの名前は悠斗。福崎悠斗よ』
母親と思われる女性が、赤子を抱いている。
その表情は穏やかで、その眼差しは慈愛に満ちていた。
しかし対照的に、周囲にいる人々の表情は暗い。
この赤子が引き寄せるであろう未来を予感し、嘆く者。
この赤子に背負わされた運命を憐れむ者。
周囲の人々が抱く感情は様々だが、そのどれもがこの赤子を祝福してはいなかった。
ただ一人を除いて……。
『悠斗……あなたはきっと立派な人になるわ。そして、いつかは世界を救うの』
『……?』
『今はまだわからなくていい。でも、大きくなったらわかるはずよ』
赤子は、母親の言葉を理解できない。
しかし、その眼差しと声音から、この女性が自分の事を愛してくれていることは感じ取れたのだろう。
『だから、その時まで……。どうか……健やかに育って……』
女性はそう言うと、自らの胸に赤子を抱き寄せる。
そしてそのまま目を閉じ……二度と開くことはなかったのだった。
*****
「っ!」
俺は、そこで目が覚めた。
「はぁ、はぁ……またあの夢か」
俺は額に浮かぶ汗をぬぐいながら、そう呟く。
俺がこの夢を見るのは初めてではない。
もう何度も見ている。
そして決まって、母親が死ぬところで目が覚めるのだ。
「せっかく転生したってのに、天涯孤独とはな……」
俺は寝ころんだまま、そう呟く。
俺の名は、福崎悠斗。
ここはユグドラシル大陸のとある森の一角にある集落だ。
俺はこの集落で生を受けた。
父親は旅人で、行方知れず。
母親は村の巫女だったらしい。
しかし母親は俺を産んだ直後、俺を残して死んでしまった。
そして俺はこの集落で、母親を殺した忌み子として疎まれながら育ってきたのだ。
「ま、それほどの悲壮感はねぇけどな」
俺は頭をポリポリかきながら、そう呟く。
前世の俺は、親に捨てられた子どもだった。
愛のない暮らし。
愛のない家庭。
愛のない人生。
それが当たり前だった俺にとって、この程度の環境は大した事じゃない。
「なるようになるだろ」
そんな俺は今年で9歳。
来年になれば、村を出て世界を旅する許可が下りる。
それまでの我慢だ。
……え?
10歳で旅人になるのは無謀だって?
いやいや、そうでもないぞ。
俺には前世の記憶があるから、精神年齢的にはアラサーみたいなもんだ。
それに、転生に付き物の『チート』もある。
旅くらい余裕だぜ。
「さて、学校に行きますか」
俺はそう言って、ベッドから起き上がる。
前世の世界――『地球の日本』では義務教育なんてもんがあった。
このユグドラシル大陸にそんなものはないのだが、近い年齢の子どもたちを集めた学校もどきはある。
俺は身支度を整え、その学校もどきへ向かうのだった。
*****
「おはよう、悠斗!」
俺に声をかけたのは、幼馴染の少女だった。
名前は、佐藤楓。
9歳にしては発育もよく、可愛らしい顔立ちの少女だ。
俺は天涯孤独の身で、村の大人たちからも疎まれているが、楓だけは俺に対して普通に接してくれる。
「おっす」
俺はそう挨拶を返すと、楓と一緒に歩き出す。
目的地の学校もどきは村の端にあるので、しばらく歩く必要がある。
そんな道のりを進みながら、俺は彼女に話しかけた。
「なぁ、楓」
「なに?」
「お前って、好きな人とかいるのか?」
適当な雑談のつもりだったのだが、楓はとても驚いた顔をした。
そして、すぐに顔を真っ赤にすると、なぜか怒り出した。
「いきなり何言い出すのよ!」
「いや、なんとなく気になっただけ」
「そう……べべ、別にいないけど……。――おわっ!?」
楓が盛大にすっ転んだ。
彼女の足元には石ころが転がっている。
おそらく、それを踏んだのだろう。
「大丈夫か? ……あーあ、血が出てるじゃねぇか」
「こ、これくらい平気よ」
楓はそう言って、立ち上がる。
しかし彼女の膝からは血が流れていた。
なかなかに痛々しい。
そんな楓を見て、俺はため息をつくと……
「【ヒール】」
能力を発動させた。
すると楓の足の傷が治り、出血が止まる。
「ちょっ……! 私なんかに『ギフト』を使うなんて……」
「別にいいだろ。減るもんでもないし」
そう、俺は『ギフト』を持っているのだ。
ギフト名は『新生』。
簡単に言えば、回復系の能力だ。
大きめの街や王都では何らかのギフト持ちを見かけることも珍しくないらしいが、この村でギフト持ちは俺だけである。
「でも、代償が……」
「俺のギフトにそんなもんはねぇって」
大抵の場合、ギフトには代償がある。
しかし俺のギフトにはそれがない。
はっきり言って、とんでもないチート能力だ。
前世の記憶とギフト。
この2つがあれば、この世界でも俺はやっていける。
そんな確信があった。
「ほら、さっさと行こうぜ」
「……うん!」
楓は嬉しそうに微笑むと、俺の後をついてきた。
こうして、村での俺の日常が過ぎていく。
旅立ちまで、あと1年――