力の書
「零! あの魔術師にみんなの顔を覚えられたわ! だから! これから先は安全なんてないも同然! 命の危険が……!」
「わかってる!」
ぼくたちは階段を必死に降りていった。
古い階段だが、頑丈だ。
すかさず靖が向きを変えた。
「みんな! あんなわけのわからねえ奴から逃げることなんかねえ! 俺があいつらをぶん殴ってやる!」
「私もよ!」
敦と弥生が階段で身構えた。
ぼくもここであいつらを倒した方が、この先。身を隠したりもしなくて済むし、寝ているところを襲われたりもしない。安全が保証されるんだと思った。
黴臭い古代図書館には、勇気の書で扱える化学物質は酸素と二酸化炭素しかないはず。空気の破裂系の魔術か、空気摩擦で相手を切り裂く小規模の稲妻を発するしかない。
あるいは、どこかにいらない本がたくさんあれば、粉々にした後、僅かだが空気中にある静電気などを体内電流で寄せ集めれば、それを発火し、大規模な粉塵爆発もできるはずだ。
「ダメよ! みんな殺されるわ! 相手は……?!」
白花が叫ぶが、数人の男たちが階段をゆっくりと降りて来た。それぞれ禍々しいといえる歪んだ顔だった。歪んだ顔……? いや、少し違う。顔が単に歪んでいるのではなくて、彼らの顔には様々な歪んだ模様が浮き出ていた。
「本物の魔術師なのよ!!」
辺りは外窓からの稲光が覆った。
土砂降りの雨の音が白花の叫びをかき消す。
突然、敦が見えない車に激突したかのように階下へと吹っ飛んだ。
弥生が悲鳴を上げた。
周囲に突如、炎が舞う。
ぼくは相殺するためと、反撃するため。
全力で前方に空気の破裂系の魔術を放った。
バシンッ!! という音と共に。
炎は向きを変え、男たちに向かった。
だが瞬間、炎が今度は瞬く間に凍った。
古代図書館全体が凄まじい冷気で包まれる。
魔術師たちの魔力は底知れない!
「逃げるぞ!!」
「逃げましょう!!」
ぼくと白花は事態の重さを嫌というほど知った。
決して、本物の魔術師には顔がバレてはいけないと……。
これから追ってくるだろう。
そう、どこまでも……。
弥生を急かして、ぼくは敦の姿を追うため白花と階下へと全力疾走した。
「白花! 敦の怪我は治せるんだろ!!」
「ええ! 早く行って手当てを!」
「そういえば! どうやって治しているんだ!」
「どんな魔術も生体電流が基本なの! 私はホメオスタシスや血液の循環! 体内化学物質! 傷の場合は皮膚事態。それらの強制移動が生体電流でできるわ!」
炎と冷気の渦巻くマレフィキウム古代図書館で、白花は階上の魔術師たちを見つめる。
ぼくは何をしているのか? と、思案したがハタと気が付いた。
こちらも相手の顔を覚えた方がいい!
この炎と冷気も発生源は生体電流だ。
灼熱の炎は多分、メタンなんかが触媒じゃない。冷気もわからない。何故なのか考えている時間もない。恐らく驚異的な高度な魔術なのだろう。
ぼくは踊り場で倒れていた靖を抱えたまま魔術師の顔を覚えた。
魔術師は四人。
顔の模様はいずれも違う。背が一番高い男。一番低い男。猫背の男。太った男。ぼくはそれぞれの模様を全て覚えた。




