知恵の書 3
「えー、ナニナニ……。さっき逃げた人が何か頭の中で話してるんですけど? えーーーー、仲間がもうすぐ来るはずだって!」
「凛? それはテレパシーか?!」
「そうよ! 今度はこの学園ごと爆破してしまおう?! って言っているわ!! 早く逃げようよ!! これって、なにかの冗談よね? 」
「冗談ならいいんだけど……どこから逃げよう?」
白花が落ち着いて逃げる算段をしていた。
「私、子供の頃から離れた人の頭の中の声が聞こえるの。あれ? この頭の中の声は学園長ね。直に言うわね。いやー、疲れた。あそこの学園長は美人で胸が大きいが……性格が……。さっさと切り上げて良かったよ。あー、ストレス溜まったなあ。みんなには内緒の本棚に隠してある高級ウイスキーでも飲もうっかなー。って言ってる」
凛が頭を抱えながら普通に話しているが、生体電流が並々ならぬほど周囲に放出されているのがわかる。
「ふふ、もう大丈夫よ。学園長が帰って来るのならね。そう、王者の書を開いた。最高位魔術師の私の父がね」
白花は真っ白なハットを目深に被って一安心した。
ぼくも半ば学園長が来てくれることにホッとしていた。
今の初歩的な魔術書の勇気の書だけでは、太刀打ちできないからだ。
しばらく割れた窓からの大雨の激しい雨音が部屋全体を支配していた。二人とも無言でジッとしていた。みんな疲れているのだろう。
……。
生体電流はもうかなりの疲労で微量しか放出できない。ぼくは自分のふがいなさに舌打ちした。
「チッ」
そう、今では連戦は難しい。
その時、ギイイィと音と共に学園長室の重厚な扉が開いた。
「父さん!」
「え?! 娘? まだ帰ってない?」
扉を開けたのは、ダンディーな30代の男性だった。キリッとした意志の強い顎と鋭い目をしたハンサムだ。金髪に近い茶色の毛髪の長身で、英語を話せばそのまま外国人と見間違えられそうな人物。
学園長の滝川 純一郎だ。
白花とは苗字が違うが……?
「楓! どうした?」
「あのね。私たち……まだ、戦いの最中なの……そのせいで外へは出れないの……」
「?」
「あの魔術師たちよ。マレフィキウム古代図書館の魔術師」
「……そうか……君の代で……ここは危険だな」
白花と純一郎が互いに真摯に頷いているが、ぼくには魔術師たちが危険なことはわかるが、それ以外はさっぱりわからなかった。あの魔術師たちは一体? ぼくの役目は本の監視だけだったから、世界の終わりを告げる役目の白花はぼくの知らないことを、当然知っているのだろう。
その時、窓の外の大雨の激しい音がパタリと止んだ。
「うん?」
純一郎が首をかしげる。
突然、外の魔術師たちの非常に強力な生体電流が、ここまで肌で感じられた。
ここ学園長室まで、外からの生体電流が皆の肌が焼け焦げるかのような高熱となって包み込んだ。と、同時に窓の外から気味の悪い大勢の魔術師たちの詠唱が聞こえてくる。
「うん。と、……あった!」
純一郎は終始落ち着いている。
豪奢な机の上の試験官を一本取り出すと、蓋を開けた。
「むん!」
途端に、純一郎の身体の奥から並々ならぬ生体電流が放出された。学園長室がブンと電気の音が支配し、立っているだけなのに、ぼくの身体全体がビリビリと痺れだした。
純一郎は光の玉を掌から発し、それを窓の外へ投げつけた。
過激な爆発音と共に、校舎の窓ガラスが全て割れる音が木霊する。凄まじい光が重厚なカーテンをふっ飛ばして、ギラギラと射しこんできた。
「な?!」
「皆、伏せて!!」
「キャッ?!」
ぼくと白花と凛は床に蹲った。
窓の外は、山のような黒煙と灼熱の高温に覆われた。
ぼくは何が爆発したのかわからなかった。
真っ赤な小型の太陽が校舎で破裂したかのように思えた。
けれども、これが高位魔術の一つ。
爆炎系の魔術だ。