知恵の書 1
分厚い本がその机の上に置いてあった。
その本は最高位魔術が載ってある王者の書だ。
それと……学園長室の一つしかない机に、何故か涎を垂らして寝ている学生がいた。
その女も美人だが、何故だろう? 生体電流が常人離れしている。普通の人ではなかった。高位魔術の王者の書は学園長のものだと思うし、魔術書を持っていないようだから、サイコキネシスか何かだろうか。青と白のブレザーからしてキリスト教学科の学生だろう。知らない顔からすると、もう一人の転校生の香川 凛だ。
大方、授業をサボるためここで学園長がいないことをいいことに、昼寝をしていたんだ。
学園長はどこだろう。
この学園にはいないようだ。
「ねえ、この人学生のようだけど、誰かしら? 知ってる人?」
「多分、転校生だと思う。知らない顔だ。香川 凛だよ。きっと……」
ぼくは魔術師たちが来る前に、王者の書を開いておこうとした。高度な魔術さえあれば、そして、扱えさえすればの話だが、魔術の戦いでは互角かそれ以上になるはずだ。
「開いても無意味よ。だって、父がもう開いてしまってるの」
白花が王者の書を開いてみても、何も起こらなかった。
ぼくは他に本がないか学園長室を調べることにした。
この学園長室には、いつ魔術師たちが来るかわからない状況だった。白花とぼくの荒い呼吸音以外は今でも、すやすやと寝ているツインテールの小柄の女の寝息が聞こえるだけだった。
部屋の片隅の埃一つない綺麗なそして、重厚な本棚にも一冊の本があった。
「これは知恵の書だ」
知恵の書は眩い光を発しぼくの手から離れ、空中をフワフワと浮遊してツインテールの女性の頭に落ちた。
ボンという鈍い音と共に女性が起き出した。
「ひっどーい! 本で頭を叩かれたー!! いくらズル寝しているからって!! ちょっとー、ひどいわよー!! しかも、角よ角!!」
女性は辺りを見回してから憤っている。
「違う! ぼくじゃない! 本が勝手に……」
「うえ?! もうこんな時間!! もっと早くに起こしてよ!」
女性は幾分、青ざめて憤りが弱くなったようだ。
「バイト……間に合わないわね。今からだと……」
「君は転校生か? ぼくはエニグマ 零次だ。こっちの女性も転校生の白花 楓」
「香川 凛よ。そう……白花さんと同じ転校生ね」
…………
ビシビシと外が騒がしくなって、急に寒くなりだした。
窓から外を見てみると、窓自体が凍っていて外は……吹雪いている?!
「強力な吹雪の魔術だ! 奴ら、この学園長室に……と、閉じ込める気だ!」
「違う! 凍死させようとしているんだわ!」
「ナニナニー! 魔術ってナニ?! ねえ、なんだか凄く寒くない? バイト休んでよかったかも。もう十月だってのにこんなに寒いんだもん」
ぼくは危機感から学園長の机の上を見た。他にも分厚い本やペーパーナイフ、高価なペンなどが置いてあった。
机にも霜が降りはじめ室温が極度に下がり、すぐに凍えそうになる。
ぼくは部屋の中にも机の上にもメタンもないので、火炎系の魔術が使えなかった。そこで学園長室を見回した。試験官の中は、どれも初歩的な魔術の勇気の書では使えない高位魔術の触媒しかない。
「そうだ! 知恵の書なら使えるものがあるかも知れない! 凛! イチかバチかだ! その本を開いてくれ!」
「へ?! なんで呼び捨て? まあ、いっか……」
凛が知恵の書を開いた!
辺りにある試験官の中のリケッチアが光った。
リケッチアはウイルスと細菌の真ん中に位置する大きさの微生物だ。ダニに咬まれることで発症するダニ媒介感染症にもなる。
「へ??」
知恵の書が再び宙に浮かび発光し、大量の空気の摩擦が生じた。
ぼくには知恵の書が窓ガラスを割れと言っているみたいだった。