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秋のセミ

熱気は勢いを無くし始め

風が涼しい秋の朝

コオロギ、マツムシ、キリギリス……

彼らの高尚な鳴き声を

蹴散らすセミがそこにいる


葉の緑はあるけれど

暑さを耐え忍び終え

ふと溢れる穏やかさ


そう、いまは優しい季節

今更になって

運命の方はいるのだろうか


寝坊したのかしら

一年繰り上げてしまったのかしらん




(よし鳴こう、)


(いややめよう。)


(いや鳴こう、これ以上黙っていたら頭がおかしくなりそうなんだぞ。)


(今更鳴いたってもう「私を食べて」ってことでしかないんだ。)


(わかってるとも、でもね、叫びたい。捕食されようとされまいとどうせすぐ死ぬのだもの、いいじゃないか。)


(あーもう!やけくそだ!思う存分鳴け!)


(そう言われると正気になっちゃうなあ。)


(ああ、めんどくさいなあ、おれって!一思いに鳴けよ。)


(いや、まあそうしたかったんだけど、もしかしたら雌がいるかもしれないだろ。そこを探してさ、その近くで彼女なら聞こえるくらいでさ、囁けば最高だって思いついちゃった。)


(そんな都合のいい状況に巡りあえるなら、そもそもこんな寝坊してないって!)


(いやあ土の中気持ちよかったなあ、そうだ、馬鹿にする同胞はいないし、言葉の通じない異邦どもに気を使うのも馬鹿馬鹿しいし、いっそ土の中に帰って鳴こうかな、おかあちゃんにもあいたいしなあ。)


(おかあちゃん元気にしてるかな。)


(どうかなあ、まだ三時間前に別れたばっかりだけどさ、心配だなあ、ほんとは自分の心配しないといけないんだろうけどなあ、なんというか、静かすぎるよなあ。)


(わんわん鳴いてやろうって意気込んで、食い過ぎたんだよ、そしたら身体が思ったよりいうことを聞かなくて……)


(みんな軽くてうらやましかったなあ、みんなどうしてるのかなあ。)


(おかあちゃんのなかか、鳥のなかとどっちがいい?)


(おかあちゃんの方は今まで通りで、鳥の方は旅するんだろうなあ、いろんな世界を見れそうだね。)


(……なら、鳥かな。おかあちゃんの方よりずっと飽きなさそうだし、新しい世界を見せてくれるならさ。)


(逆説的だけど、おかあちゃんの方がかえって新しい世界が見えそうじゃない?なりふりはわかってるし。ニューゲームじゃないけどさ、じっくり見据えられそう。)


(そう言われるとそんな気もする。参ったなあ、じゃあ大きく息を吸っておれたちの身体が鳴いたら鳥、我慢したらおかあちゃんってのはどうだ。)


(よしそれでいこう。)


(せーの)

(せーの)

………………


きゅーわ……


(おい、はじめは張ったいい音出し出たのに、急に怖気付きやがって。)


(誰も便乗しないんだよ、ぜったいおかしいじゃんこれ。)


(そんなことわかってたことじゃないか、こんな中途半端な発声で鳥を選ぶことになるとはなあ。)


(そうだね、しっくりこないね。)


(まあ、決めたことだし、鳥に決定な。で、鳥のなかってどうやって侵入するんだよ。)


(まあ、そりゃあ、喰われて……)


…………

…………


(鳥に喰われる方を、喰われたくない気持ちで選んだのか。)


(そう言われると妙だなあ。やっぱり今のはなしにしない?)


(……そうしよっか。)


(うん、それがいいよ、そもそもこんなことで進路決定すべきじゃないんだよ。一回きりなんだぞ。)


(一回きりっていったって、複数回とを相対化して言えるだけのことじゃないか。結局は絶対的にしか判断ないし認識することしかできないし。)


(その理屈の真偽はともかく、短絡的判断の理由にはならないよ。)


(……まあ、そうかあ。でもさ、できることって言ったって食う、出す、寝る、鳴く、飛ぶ歩く、捜すくらいじゃない。ニンゲンはもっと多いだろ。だから悩む時間がいるわけでおれには無駄なだけじゃないかな。)


(でも実際悩んでるし。)


(うん、困った。とりあえず、ムカムカするから鳴こうぜ。)


(それがおぼつかないから考えてるんだろ。)


(ああ、めんどくさいなあ。なんで鳴くことが本業なのにこんなもたもたしてるんだか。)


(なんだか鳴いていいって感じがないもん。周りが冷たい。物理的にも、社会的にも。)


(こんな消極的なセミがこれまでいただろうか、なんて考えようかな。)


(気持ち悪い、やめとけ。)


(にしてもさ、なんでおかあちゃんから出ないといけなかったんだろう。)


(それもよせ、何もせず死んじまうぞ。)


(それでもいいような気がするんだが。鳥が世界が怖くて……ね。)


(しゃーないなあ、おらよっと。)


くーわいっ!


(おいおい、鳴いちまったじゃないか。よかったのか?)


(もうね、これしかないよ。セミなんだし。)


(セミが夢を持ったらいけないって言われはないぞ。)


きゅーわいっ!


(おいおい無視かよ、でもなんか調子が出てきたなあ。)


きゅーわいっ!


(へへっ、いい気分だ。)


きゅーわいっ!


きょーわいっ

きゅーわいっ きゃーわいっ きゃーわいっ きゅーわ…

ちゅくちーだ  ちゅくちーだ ちゅくちーだ ちゅくちーだ ちゅくちーだ

とぅるるるるる…………


(いいなこれ、もう一発いこうぜ……

ちょっと待って……つかれたよお。休ませて……

なんだよだらしないなあ……でもまあ、これでいいんだろうな。)


(いいんだろう、じゃなくていいんだ。)


(そんな断定することか?)


(いいんだ。)


(おいおい、強情な。もっと気楽にさ、まあ鳥は怖いけどさ……)


(おまたせ、やろう。)


(お、おう。)


きゅーわいっ きゃーわいっ きゃーわいっ 

きょーわいっきゅーわいっ きゃーわいっ きゃーわいっ きゅーわ…

ちゅくちーだ  ちゅくちーだ ちゅくちーだ ちゃ、


ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ!


(おい、なんだよこのやろう!邪魔するなよ、やっといいとこまできたのによお、もう少し待ってくれよお……)


(おかあちゃん、おれは旅に出ます。もう戻ることもないでしょう。さようなら、さようなら……)




(はあ、結局喰われちまったのか。別にそういう合図じゃないんだけどなあ。)


(いいんだ。)


(まだ言ってんのか。もう身体は動かんぞ。)


(いいんだ、いいんだ、いいんだ、いいんだ……)


(……なんだ、おれって辛かったのか。それもそうか、なんかに酔いしれていないと、すがっていないとやってられんかった……)




(ああ、もう唱えなくていいかな。)


(これでいい、これでいい、これでいい……)


(なんで唱えるのさ、もう終わったってわかるだろう、ほら溶けていく……)


(これで……い……い……


(は……は……は……



上品な鳴き声の持ち主が

秋の鳴き虫たちが

空間の支配を取り戻す


……そして今、空から白と黒の混ざった雫が解き放たれ、

どこまでもどこまでもおちていく。


もともと詩にするつもりだったのですが、いつの間にやらセミの自問自答になりました。

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