91 ジャイアントヴェスペ退治に出発
サバラン教の高位の神官らしきモノが姿を現したにも係わらず、アークシュリラは何事も無かった様に過ごしている。
以前の彼女だったら、サバラン教の国が馬で10日の距離にあると分かれば、絶対にそこへ行こうと言って来たと思う。
しかし、今回はそんな素振りも見せることがない。
確かに、それよりジャイアントヴェスペの方が問題だけど……
オーラガニアの騎士たちがどのくらい戦えるのか、国を運営しているモノの胆力がどのくらいあるかを私たちは知らない。
騎士たちは何年も戦っているとザスティーニが云っていたので、決して弱い訳ではないと思う。
問題は国を運営している者が、軟弱なモノだったらと言うことだ。
自分たちに危険が迫ってくれば、直ぐに国土を捨てて新しい所への移住を計画するだろう。
何年もの期間に亘り、騎士たちに戦わしていてもね。
ザスティーニらにどんなモノが国を運営しているのって聞いて、たとえ国を運営している者が豪のモノと言われてもそれがどれほど真実かは判らない。
実際にそうであっても、あることがきっかけで突然その気持ちが折れる恐れもある。
なので、そんなに悠長なことも言ってられない。
私としては、ハルメニアの混乱の方も気になるんだよ。
それは、リルファンに国王をやってもらう際に、ヴェルゼーアたちがどう言う約束をしているのかを私は知らないけど……
リルファンと数度話した感じでは、彼にそれほど権力志向はないと思える。
それだから、いくら幼馴染みのお願いであったとしても、彼だけが不自由な国王をやると云うのがどうしても理解出来ない。
更にヴェルゼーアたちが、自由気ままな生活をすることを認めると云うのもね。
私なら、自分が国王になる代わりに、彼女たちにもそれ相当の義務を与える。
なので、もし貴族による混乱が大きく成って、内乱の一歩手前と言うか内戦状態に陥ったら、ヴェルゼーアたちに帰国指令が発令される可能性がある。
その場合は、ナンの前触れも無く急いで帰国する羽目になるよね。
しかし、こっちは私たちに解決する方法がない。
貴族制廃止に不満を抱えているモノや、既に反乱を起こしているモノを私たちが行って懲らしめても、それは一時的な対症療法でしかない。
ナゼそう言うのかは、ほとぼりが冷めると雨後の筍ではないが、直ぐにその気持ちがニョキニョキと芽を出して元の状態に戻ってしまうからね。
そのモノたち全員の意識を変える方法となると、やっぱり魔法を使う方が早い。
でも、それを実施するのは大変な作業だよ。
魔法自体で国の方針に反対しない様にするのは、それほど大変ではない。
普通は魔法使いギルドとかが反対するけど、そんな人道的な問題は考えないで話すよ。
魔法自体が簡単なのにどうして大変かは、魔法を掛ける対象を探すのが非常に手間だからと云うことのひと言に尽きるよ。
一族だけなら、通常は国にある家系図や族統譜及び叙任爵位録などを確認すれば良い。
法律とかを制定して、その後一族に順次その魔法を掛けていけば済むからね。
でも今回の場合は、甘い汁を吸っているモノたちを全員見付ないといけないんだよ。
それは商人で有ったり、文官で有ったりと対象が広過ぎる。
一人でも逃してしまったら、そのモノがその味を忘れられずに魔法を解除していくことが考えられる。
脳みそをいじるのではなく、魔法で思考だけをいじっただけだから、根っこにある考え方は変わっていない。
なので、簡単では無いが解除も不可能ではないよ。
そうならない様にするのは、時間がかかるが反対しても無駄、貴族制を廃止するのが一番良いと理解させるしかない。
その間は、反乱をいかに内乱や内戦状態としないで、国を運営していくかに係っている。
現地に居るから対処出来ることもあるが、逆に遠くで見ているからこそ、冷静になれて判ることもある。
なので、ヴェルゼーアたちも簡単に国に戻る判断が出来ずに居ると思うよ。
そんなことを考えて居たら、何事もなく月日は過ぎて行った。
あれからあの馬車が広場に停まっていることはないし、その他の神官がやって来ることも無かった。
更にハルメニアの方も、少しは落ち着いたとレファピテルから聞いた。
ザスティーニたちが来た以外に、オーラガニアからの移住して来る人もいない。
たまにカペランドたちの船が商品を運ぶために来港した時に、食事休憩なのか広場でベンチに座って話している数名のモノを見るくらいだ。
「ヴェルゼーア。ハルメニアの方が落ち着いたから、やっぱしジャイアントヴェスペ退治に行こうと思うんだけど、どうかなぁ」
「冬になる今だと相手も動きが鈍いから良いかもな」
「で、退治って言っても、全滅はさせないよ。あくまでも人とかの通行を邪魔しなければ居ても構わないよ。それはジャイアントヴェスペはスパイダーとかを食べてくれるからね」
「あいつ等は、確かにそう言ったモノたちを喰うな」
「そう、センチピードも食べるらしいよ。大量に増えないで、ただそう言うのだけを食べてくれれば良いんだけどね」
「まぁ、ジャイアントヴェスペの天敵は、人かアノートギャスターくらいだからな。減ることはそんなにないよな」
「それで、私とアークシュリラだけで行って良い? それともザスティーニたちに留守番を任せてみんなで行く?」
「そうだな、こないだザスティーニから2家族を迎えられないかと相談を受けている。今度は料理人だそうだ」
勝手に呼び寄せないところを見ると、信頼しても良さそうだ。
「ヴェルゼーアはザスティーニたちを信用してるの?」
「生き物だからいろいろな思惑があるのは仕方ない。信用しなければ長はやっていけないぞ。私たちが信用しないで、あのモノたちだけ私たちのことを信用しろとは言えないよな」
「そうだね」
「それに、お前は以前にここをオーラガニアの人々にくれてやっても良いと言っていたではないか。私たちがくれてやるか、あのモノたちが奪いに来るかの違いだけだ」
「そっか、新しい家族が来たらみんなで行こうよ」
「そうだな。出発するのは寒ければ寒いほど良いからな」
そして2家族がやって来た。
一人はアリマーズと言って魚料理が上手く、もう一人はマーファスと言い煮込み料理を得意としていた。
元々、提供する料理でお店を分けていなかったので、レファピテルとビブラエスに交代で付いて提供する料理を教わっている。
料理人だけ有って、技術的なことで教えることは全くなかった。
なので、直ぐに一人でもレシピ通りに作れる様になったよ。
そして、お店の開店日などのルールを覚えてもらい、2人にお店を任せることにした。
アリマーズのお店では魚料理中心、マーファスの方は肉料理中心となった。
パンなどはこの際エハトラスの奥さんであるネービアが燻製などと一緒に売ることにし、麺料理をペトリフスの奥さんであるレスロッテが作ることにした様だ。
お店や蒸溜とか醸造などを停滞せずにやってくれていれば、別に担当分けはみんなで相談して決めてくれても私たちは文句は言わない。
使う人の意見を取り入れて、店舗とかを多少改造した。
そして、ザスティーニに留守中のことをお願いして、私たちは出発した。