90 神官がやって来た
アークシュリラは私の店で、無為に時間を潰していた。
特に相談をしている訳でもない。
ふと広場を見ると、一台の馬車が噴水の脇に停まっている。
街道を通っていた貴族か商人が立ち寄ったみたいだ。
「アークシュリラ。ナンだろうね」
「そうだね。今日はお店はやってないのにね」
たまに食事をするために、広場に来る馬車がある。
しかし、最近はお店の営業日が知れ渡った様で、定休日に馬車が来ることは余りない。
「お店を頻繁に利用して居ない人かもね。それで、今日が定休日ってことを覚えていないのかもね」
「あの馬車はとても立派だよ。乗っているのは貴族かなぁ。ヴェルゼーアたちを訪ねてきたのかもね」
「だったらハルメニア王国の人かもね」
「でも、馬車でエバマ大河を渡るのって大変だよね」
「そうだよね。相乗りに成る馬でも何日も足止めをくらったのだから、あの馬車だと一艘の船を借り上げることになると思うよ。なので相当な日数が掛かるよね」
馬車は結構重たいので、一度に何台も運ぶことは出来ない。
それに持ち物も事故の場合は弁償すると聞いたから、馬車も運搬中に壊したら弁償すると思う。
それが豪華な馬車だと、とんでもない金額を請求されるかもしれない。
なので運ぶ方も慎重になると思う。
「だったら違うかなぁ」
「貴族でもナンでも良いけど、騒ぎ出さなければ良いけどね」
南から入って来たようで、ここからでは御者の姿は見えない。
なので、まだ馬車の中に人が居るのか、既に誰か目的の人物の処に行っているのかは判らない。
「あれ? あのマークって見たことあるけど……何処で見たんだろう」
アークシュリラは、馬車の後ろに付いているマークのことを言っていると思う。
街か街道で見た覚えがあるが、すれ違った馬車に付いていたマークの様な気もする。
確かに見たことがあるが、私もどこで見たのかを思い出せない。
「私も見たことがあるけど……」
私たちが悩んでいると、御者がやって来て馬車の扉を開けた。そして、中から一人の人物が降りて来た。
その人の服装は貴族ではなく、聖職者のモノだった。
「あっ、判った」「判ったよ」
私とアークシュリラは同時に、何処で見たマークかを思い出した。
それはサバラン教の教会で見たマークだった。
「ナニしに来たんだろう」
「ずっと現れないから、本当に遠くへ行ったと思ってたのにね」
「でも、一人だけだよ」
「そうだね。大勢の人はどうしたんだろうね」
教会にいたのは2、3人ではなく、もっと大勢の人が居た。
「それにあの馬車の感じからすると、あのモノって結構高位のモノだよね」
「司祭かもね」
あのモノが司教か司祭かを、服装から判断する材料を私たちは残念ながら持ち合わせていない。
進入者への対応は、ヴェルゼーアとレファピテルがしている。
多分、馬車を広場から移動させろと行っていると思う。
「ゼファーブル、行く?」
「あの二人に任せても大丈夫じゃないの? ナニかしたら、ここから魔法を撃てばいいしね。それに私たちも行ったら逆に警戒されるかもよ」
こんな所でサバラン教のモノも魔法を放ったり、ダガーなどを振り回したりするハズはない。
ましてアンデッドを使うこともね。
なので話し合いで済むと思う。
多分ビブラエスも、これをどこかで見ていると思うからね。
「それもそうだね。大勢が集まって来たら、相手も警戒をするよね。もし、二人や村にナンかしたら私は直ぐに行くよ」
「その時は私も止めないよ」
しばらくして馬車は広場の噴水を一周して、入ってきた南側から出ていった。
それを見終えてから、私たちはヴェルゼーアたちの居る処へ行った。
「ナンだったの」
「あの馬車のことか」
「そう」
「食事をしに来たそうだ」
「食事をね……」
私が周辺を散策して見回ったところ、この近辺でサバラン教の施設を発見することが出来なかった。
なので食事のためだけに、まさかはるばるやって来たとは思えない。
何処かへ行っていて家に帰る途中に、お腹が減ったので食事をするために立ち寄ったのかなぁ。
それとも何処かへ行く途中だったのかなぁ。
そのどちらにしても行き先があるのだから、それがどこだか知りたいなぁ。
私が見逃しているだけで、本当は近辺に施設があるかと思ったので私は聞いた。
「あのモノってサバラン教のモノだよね。この付近に教会は有るの?」
「この付近で無いが、ここから北へ馬で10日ほど行った処に大聖堂があるなぁ」
「北ってイファーセル国やエンラント王国の辺り」
「もう少し北だな」
「今は周辺もサバラン聖教国やただ宗教国と呼んでいて、一国の様に成ってますね」
「国って言うと、幾つも街や村があるの」
「詳しくは知りませんが、幾つかありますね。中心都市はイメロンと言いますよ。そこに大聖堂が建っています」
「でも、あの馬車は南側から出て行ったよね」
「何処かへ行くのかもな。それとも北からも街道へ出られると思わなかったのかもな」
「ハルメニアの方にはサバラン教の教会ってないの?」
「有りませんね」
「じゃ、オーラガニアの方は?」
「ないと思うぞ。詳しくはザスティーニたちに聞けば、教えてくれると思うぞ」
「そうだね」
そんなに離れた所なら、施設が有っても影響もないだろうから居ても構わないかなぁ。
それが、たとえ危険な思想を持った団体でもね。
私たちは、馬車が来るまでやっていたことをするためにそれぞれ別れた。
「ゼファーブル、宗教国ナンか有るんだね」
「ここからでは遠いけど、エマルダなら直ぐだから神官たちって国に帰ったのかなぁ」
「そうだね。神父たちは帰ったかもね。10日も離れたここに、高位のモノがナンで居たんだろうね」
まさか高位のモノが率先して教えを広めているとは思えない。
それに御者の格好は聖職者で無さそうだったから、雇って居るのかも知れない。
御者も実際は信者で、馬車の運転が無償の奉仕かも知れないけど、二人も居ることには変わりない。
だったら、神父が一人で馬を使って廻る方が効率は良いと思うけどなぁ。
「まあ、ここに来たのがアンデッドの材料探しで無くて、布教活動だったら良いけどね」
「アンデッドの材料って、そんな宗教はないよ」
「じゃ、ゼファーブルはエマルダで初めて、あのモノたちがアンデッドを使ったと思って居るの? 確かに杜撰なとこは有ったけどさぁ」
私もあの時に初めてアンデッドを使ったとは思って居ない。
過去にも使ったことがあって、その時は上手く行ったから、あの時も使ったと思う。
サバラン教に付いて調べるとしても、詳しい人は私たちの中や周辺にも居ない。
それに図書館にも“サバラン教の全て”などと云う本はないだろう。
ザスティーニたちにもサバラン教の教会は有るかを尋ねたが、彼らは自分たちの国からほとんど出ることが無かったので、周辺に在るのかは知らないと云うことだった。
でも、オーラガニアの国内にはないとも言っていたよ。
 




