28 南へ行く
アークシュリラと私は、今いるほら穴から更に南方へ行くことにした。
それは数日前に近所に引っ越してきた魔法使いが、昼夜を問わず魔法をぶっ放すので安心して生活していられなくなったからだよ。
最初のウチは夜間や早朝はやめる様にと、ここの先住者として注意もした。
その日は大人しくするモノの、何日もしないウチにまたそれが始まってしまった。
注意した時に何をしているのかと聞いたら、新しい魔法の研究をしていると言っていた。
う~ん。暴発する時点で根本的に何かが間違っているよね。
しかし、たまに暴発が起きるなら、人間だから勘違いや間違いってことで許すことも出来る。
しかし、それが一日に何度も暴発させるのを、一週間のうち半分以上も続けられては、さすがの私も我慢のレベルを超えてくる。
私からすれば、逆にそれは才能だと思うよ。
私たちは、神様から貰ったローブとマントのお陰で、直撃を喰らってもケガくらいで済むと思う。
しかし、このモノに関わったり放置してたりして居て、私たちが得になることは何一つとしてない。
万が一にでも、間違ってそばを通行中の貴族や大商人などにケガをさせたら、私たちも同士と思われて捕まるかも知れないよね。
そんな分の悪い賭けに、私たちが参加をする必要はない。
その魔法使いが私たちよりあとからここに来たのだから、他の場所に行って欲しい。しかし、話が通じる相手ではなさそうだ。
それにここに来てから魔法の研究を始めた訳でもなさそうだから、多分他の場所でもいざこざを起こしていた感じがするからね。
だから、私たちは別の所へ移ることにした。
不都合が出来ればいつでも移れるのが、この生活の最大のメリットだからね。
「ゼファーブルは、爆発や暴発をさせたことはないの?」
「私は、多分ないね。錬金術師は元素の持つ特性を変えることはするけど、危ないモノは基本的に作らないからね」
「そうなの。でも、あの魔法使いって攻撃魔法の研究をしてたのかなぁ?」
「耐魔法かもよ」
「それもあるね」
ここから南には、私も行ったことはない。
それは両親と旅をしていたときも含めてだよ。
大地震があってから数年の間は、私もあっちこっちと彷徨っていた。
そして、心機一転とばかりに、私は船でこの大陸に渡って来たんだからね。
最初に居たほら穴は、この大陸に来て数年もの間さまよって、やっと辿りつけたところだよ。
何日か歩くと、海が見えた。
こんな近くに海が有ったんだね。
それでも最初に居たほら穴と、先日まで居たほら穴の距離と同じだけ進んだのかなぁ。
私たちはこの旅の途中で食べ物が無くなると、ベイシュヴァインとかマダーフォンも狩っていた。
それと街や村にも何度か立ち寄ったよ。
私は本当に久しぶりに海を見た。
頬に当たる潮風は少し寒い。
ここからは海岸線沿いに道がある見たいだ。
傍に海があるから、ここいらにほら穴があれば食べ物に困らなくていいけどね。
海沿いの平原には人家がまばらに在るだけで、街はおろか村ですら在りそうにない。
「人はあまり住んで居ないね」
「海岸に船も無いから漁をしてないのかなぁ」
「そうだね。海岸線は大波とかが来るから、もっと内陸部に家がたくさん建っているのかもね」
私たちは街道からそれて、波打ち際までやって来た。
波打ち際は砂浜ではなく、岩場になっている。
その岩場も、所どころで陸地が崖になって海に突き出しているので、小さく幾つかに分断されている。
別の言い方をするなら、幾つもの崖の周囲に僅かばかりの岩場があるだけだよ。
僅かと言っても、自分たちが食べる分の漁をするくらいの小型船なら、碇泊させずに充分に置ける広さはあるけどね。
私たちは岩場に降りて石の間から海中を見ると、小さな巻き貝とかがたくさん石にくっついている。
「この貝は、食べられるよ。地球にも同じ様なモノがあったよ」
「アークシュリラ、こんな小さな貝をどうやって食べるの?」
「ただ茹でるだけだけど、ゆであがったら針とかでほじくり出して食べるんだよ。それがおいしいんだよ」
今の私たちは、途中で狩ってきた肉がまだ有るので、興味本位では採集はしない。
「あの、海藻も食べられると思うよ。でも、お味噌が無いから無理かなぁ」
「お味噌?」
「大豆を発酵させたものだよ」
「大豆を醗酵させるだけで良いの?」
「確かそうだと思ったけどね。でも、ここでは大豆もないよね」
ほら穴に居た時も、私たちは幾度となく街へ買い物にも出掛けていたよ。
私の暮らしではしょっちゅう街で売っている品々が必要になる訳ではないけど、たまにポーションを入れる樽やビンとかは街で買っていたし、簡単に入手できる調味料とかも買っていたからね。
アークシュリラは、その時にお店で大豆を見付けられなかったってことかなぁ
「大豆はあるよ。私が元々居た所よりも、もっと北だけど作っていたよ」
そこでは大豆を茹でてそのまま食べたり、すり潰してペースト状にして焼いたりしていた。
あまり美味しくは無かったけど、腹持ちはよかったと記憶している。
それに私は当然のこと、物質を安全に発酵させることは出来る。
しかし、アークシュリラの言うお味噌がどんなモノかは、私には想像ができなかったけどね。
「そうなんだね。お味噌の他に醤油ってのも有るんだけど……懐かしいなぁ。ゼファーブルがお味噌を知らないんじゃこの星には無いかもね」
この星にそれらが無くっても、いつか大豆が手に入ったら私が作ってあげるからね。
私はそう決意した。




